26 深夜二時
まだ暗闇が部屋を満たす中で、美津子は目を覚ました。昨日今日と夏風邪から来る発熱で日中から寝たり起きたりを繰り返していた。昨日往診に来た医師の処方した薬を飲み、あとは果物なり水なりを摂るときに起き上がる程度で、それ以外はうなされているので寝ているのか起きているのかよく分からなかった。ゆっくりと体を起こしてみると、汗は多少かいていたものの体のだるさは随分ましになっていて、おそらく一番ひどい時間は過ぎたのだと分かった。枕元の水差しをとって口に含むと、水が随分おいしく感じられたし、荒れていた喉の痛みも、残ってはいるものの軽減されていた。夏風邪程度では死ねなかったのかという思いと、つらい感覚がようやくなくなってくれたという安堵が去来する。やはり自分は、人並みに死を恐れているらしかった。
布団は汗で湿っていたが、今から洗濯をして干すわけにもいかないので、いったん寝床を離れることにした。布団を開けたままにし、蚊帳をよけて縁側に出る。外は素晴らしく気持ちの良い風が吹く、夏の夜が広がっていた。空の星はまばらであったが、南の方にぽつりとある比較的明るい星が目に付いた。見慣れた夏の赤星ではなく、白く静かに浮かんでいる、名前も知らぬ星だ。先日来ていた正一郎さんなら名前が分かるかしら、と美津子は考えた。彼の学ぶ化学とは直接関係はなさそうだが、いかにも博識そうな彼は、知らなかったところですぐ調べてくれそうな気もする。
夜の町は静かで、昼間聞こえた蝉の声もなく、表を往来する人の気配もなく、家の中で自分にあれこれと口を出す家族の声もない。それは美津子にとって心地よい沈黙だった。誰も彼も、放っておいてくれればいいのに。星ははるか遠くに浮かび、ちらちらと光りながら星々の間で会話を交わしているけれど、その話し声は聞こえない。それを眺めていられれば良いのだ。自分の心を土足で入って荒らすような人間は、こちらから願い下げだ。
結局眠気は戻ってきてくれなかった。美津子は朝になればそろそろ家事に戻れと申し付けられるのを予感して、体だけでも休めようと寝床に戻った。
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