25 からから

「聞いたわよ、美津子さん。まったくあなたときたら、夏のお休みも近いというのにお風邪を召すだなんて、よっぽどお心弱りのようね」

 雨に足元を打たれ、早朝に薄着で出歩いたのがよくなかったのか、はたまたここ数日の猛暑で疲れが出たのか、美津子は部屋を勝手に移ってやろうかという謀略もかなわず、発熱し病床に伏していた。春子が学校帰りに見舞いに立ち寄ってくれて、途中青果店で買ったという桃を差し入れてくれた。女学生の懐には高い出費だろうにと恐縮すると、春子は「私のご相伴にあずかると思えば良いのよ」と取り合ってくれなかった。台所から包丁をさっさと借りてきて切り分け、春子は最初の一切れを美津子の口元に差し出した。

「さ、お食べなさいな」

「……ありがとう」

 甘露をたっぷりと含ませた桃は、咳と熱でやられた喉にはしっとりとやさしく、まるで乾ききった地面に打ち水をしたように温度を下げてくれた。春子は自分も一切れ、ひょいと口に放り込む。

「ま、おいしい。この桃、あたりね」

 春子はしっかりと自分も桃を味わって食べていた。きっちり等分に切り分けた桃を半分食べ終え、春子は懐紙で指先を拭った。

「これは私の独り言だから、美津子さんは聞いているだけで良いのですけれどね。私ったら地獄耳だから、色々聞こえてくることもあるの。そうして聞こえてくることって、近頃は嫌なことばかりで、やンなっちゃうし、もう知らないって思うのよ」

 春子は美津子の額に載せられた手ぬぐいに触れ、ぬるくなったそれを一旦取り上げた。手おけの水に浸し、絞ってまた美津子の額にかけ直した。

「でも頑張ろう、だなんて、美津子さんには言うだけ酷だと思うし、私だってそんなこと言われたくない。まったく、生き延びられた人の勝手な言い分よね」

 春子は微笑んだ。言葉と一致しない明るい表情は、美津子の内心と似ていた。

「さてと、私はこの後お琴のお稽古だから、そろそろお暇しますわ。残りの桃は、美津子さんで食べてしまって。ああ、お見送りも結構ですことよ、さっきそこでお内儀さんにはご挨拶申し上げたから。また学校で会いましょうね」

 春子は言うだけ言って辞して行った。美津子は枕元の皿に残された桃に手を伸ばす。淡い黄を帯びた白の果実は柔らかく、甘い蜜は喉を潤した。

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