15-16 岬-窓越しの

「お姉様、私たち二人でどこか行きましょう」

 夢の中で、美津子は小枝子と手に手を取って駆け出していた。海老茶の袴が翻り、単衣の銘仙の袂から、からげた裾から、さわやかな風が少女たちの体を通り抜けていく。足取りは軽く、高く跳び上がるように歩いても、日本髪の下から咎めるように見てくる大仰な帯を背負った女たちや、似合わないザンギリ頭と洋装で下卑た視線を向けてくる好色な男たちはいなかった。二人の少女は清く、自由だった。繋いだ手の感触が、二人を強く結んでいた。

 見慣れたようなそうでないような街を抜け、やがて目の前に広がるのは大きな海。果てのない紺碧が、その表面を宝石のように輝かせ、反射した強い光が目を灼く。二人は小高い岬に立ち、眼下から吹き上げる潮風に髪をなびかせた。編みおろしたおさげを飾るリボンは二人お揃いの若紫色で、勝利の旗のように誇り高く、鮮やかな青空にはためく。

「綺麗ね、お姉様」

「美津子さん、ありがとう」

 小枝子は美津子の額に口付けた。白くやさしい腕が美津子を抱き寄せる。これは夢だと分かっているけれど、それでも嬉しかった。

 二人はやがて、列車に乗り込む。行先はわからない。知らない遠くの地名が表示されていた。列車には海老茶袴の女学生たちがたくさん乗り込み、美津子と小枝子を歓迎するように手を振っていた。

「美津子! こっち、こっち」

 ボックス席のひとつには、春子と静江が座っていた。美津子と小枝子もそこに加わり、列車は動き出した。車内は騒がしく、楽しげなおしゃべりがそこかしこで花咲いているけれど、それを咎める教師はいない。

 笑いさざめく女学生を乗せた列車は、彼女たちをどこかに連れていく。車窓から見える風景は、もう知らない山野の中だった。ほんの少しの不安と焦燥とともに、どこか懐かしさをも感じた。やっと帰れる。私たちの本来いるべき場所、不可侵の聖域サンクチュアリ。良妻賢母も男尊女卑も闘争も縁談もなく、我欲に満ちた誰かのまなざしもない、ただ一人の自我として漂う楽園へと。

 このまま目覚めたくない。そう思うのに、意識は無慈悲に浮き上がってしまう。気がつけば見慣れた自室の天井を見上げていた。自分は家から逃げられやしないし、楽園なんてどこにもない。吐き気と頭痛を覚えて、美津子は布団の中で寝返りを打った。

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