13 定規
「豊さん、算術はわかりますか」
美津子が離れに豊を訪ねると、彼はいつも通り本の山の中心にいた。下宿生として初めて来た頃には最低限の持ち物しかなかったくせに、今では借りてきたり買ったりした本で狭い部屋の大半が埋まっている。美津子は仕方なく、草履を脱がないまま板間に座った。豊は本の山の合間から這い出してきて、どれどれと美津子の持ってきた課題を覗き込んだ。
「正一郎ならともかく、僕もあまり算術は得意な方ではなかったんですけどね。これは確か、ここに線を引くと良かったんだったかな。ええと、物差しは」
「持ってきましたよ」
美津子は自分の竹製の物差しを出した。豊も持っているだろうけれど、筆記用具の類がどこに埋もれたか分からず探しているうちに解法を書き留め損ねる、ということが以前にもあったのだ。豊はお世辞にも整理整頓が上手いとは言えず、家の掃除や洗濯を担っている通いの女中も、離れの掃除だけは匙を投げた。布団を干すのと、服の洗濯だけは女中がしているが、豊はあまり自室に他人を深入りさせたくないようだった。積み上げた本の合間で生活するさまは、まるで籠城しているようだ。
「はい、これで解けるのではないですか」
「ありがとう、豊さん」
やはり豊は優しい兄のような人で、恋人とか、男女の関係には程遠いだろう。そう思いながら美津子は立ち上がり、母屋の自室に戻った。
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