8 雷雨

 雨粒が屋根を叩く音が聞こえた。昨夜はなんとか天気が持ちこたえたものの、今日起きた時にはすでに外は雨模様だった。女学校が休みの日でよかったと美津子は思いながら、学校の課題を粛々と進めることにした。

 時折聞こえてくる遠雷は、だんだん近づいてきているようだった。美津子は雷を怖がるたちではないが、近くで稲妻が走る時の、光から間髪入れないで轟音が鳴るのは、少々心臓に悪いと思う。もっともこれは万人に共通する驚きではあろうし、遠ざかった雷をも無闇に恐れるのは違うという、ただそれだけだった。案の定閉ざした障子紙が真っ白になるほどにぴかりと強い光が出たと思うと、があんともごおんともつかぬ音が鳴り響き、地震のような衝撃で部屋に吊るしたランプがゆらゆらと揺れた。近くに落ちたのだろうか。がたんがたんと落ちるような音やら何やらが、部屋の外から聞こえてくる。どうせならこの母屋に落ちて家ごと燃えればいいのに、と美津子は悪いことを考えた。家を空けがちなわりにたまの居続けの日にはあれこれと口出しをする父と、父に従い兄を立て美津子を良き嫁に仕立てようと躍起になっている母と、妹の不出来なところを見つけては笑いにくる意地悪な兄とが慌てふためくさまは、胸がすっとしそうだ。ああでも、そんなことになったら、離れに間借りしているだけの立場の豊は哀れなことになる。それを機に、どこかより良い下宿先に、美津子ともども預かって貰えたらいいのに……なんて、取り留めもないことを夢想するうちに、雷は次第に通り過ぎてしまう。家は燃えてはくれなかった。

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