6 呼吸
「美津子さん」
甘ったるさを多分に含んだ声で、豊が呼びかけた。美津子の腕は捕らえられ、海の中で藻が絡まるように生ぬるく動きを止められる。ああ、これは夢だと美津子は考えた。目の前の豊は奇妙に顔が見えないが、美津子自身はそれが豊だと確かに認識している。
「美津子さん」
その呼びかけの先に続く言葉はほとんど分かっているようなものなのに、音とならなかった。美津子は自分を拘束するものから逃げ出したかった。豊の腕かも分からなかったが、何にしても気持ち悪さの方が勝る。腕は動かない。叫びたくても、喉から出るのは声にならない吐息だけで、それが余計に焦燥を駆り立てる。
これが夢なら早く醒めてくれと、美津子は願った。苦しい。心地よいはずの眠りを侵さないでほしい。夢は時として、現実より恐ろしかった。もう一度、美津子は声を上げた。吐息はやがて音を帯びて、甲高い叫び声を上げながら、美津子は絡まる掛け布団を跳ね除けて飛び起きた。
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