4 アクアリウム

 日本庭園の中に設えられた池には、色鮮やかな錦鯉が泳いでいた。縁側のガラス戸越しに見えるそれは、美津子が小枝子の母にお花を習いに来始めた数年前から、あまり大きさが変わらない代わりに、たまに鱗のはげたところが見えたりするようになった。昔からいる子たちなの、と小枝子は話した。

「わたしが女学校に入る何年か前だったかしら。おじい様がお知り合いのところから貰っていらしてね。気がついたらこんなに大きくなっていたの」

「お姉様のおじい様は、鯉がお好きなの?」

「それまではとんと興味がなかったのだけれど、飼い始めたら可愛く見えてくるみたいよ」

 小枝子は家着らしく、布袋葵の薄紫をした単衣に、半幅帯をぞんざいに結んでいた。女学校で見る、張りのある銘仙の着姿は凛とした蓮のようだが、なよなよとした着物も決してだらしない着こなしにならないのは、小枝子の立ち居振る舞いのなせる技だと美津子は考えた。

「小枝子、門木さんのお稽古の邪魔をしてはなりませんよ」

 お花の師匠にして小枝子の母が入ってきた。少しばかり白髪の混じった髪を古式ゆかしい日本髪に結い上げ、少しのほつれも見せないこの師匠が、美津子は少しばかり苦手だった。学外で小枝子に会えるということさえなければ、お花のお稽古なんてとっくにやめていたかもしれない。小枝子はつまらなさそうにはあい、と返事を寄越した。

「じゃあね、門木さん。お稽古頑張って」

「はい、小枝子様」

 小枝子はこれから別のお稽古ごとに出かけなければならないらしい。二人の時は「美津子さん」「お姉様」と呼び合えるけれど、小枝子の母でもある厳格な師匠の前では、あまり親密な様子を見せるとよくないらしかった。なんでも、いつまでも年下の女学生と親しくしたところで何の足しにもならぬ、だそうだ。小枝子は実に忌々しげに自らの母親の言葉を口にしたものだった。それからというもの、美津子は師匠に対する苦手の意識を余計強くしてしまった。ああ、この人も女は良妻賢母たることで一人前とでも考えているのだろうと思った。小枝子も美津子も、さながら水揚げを待つ鯉だった。それでも当面のところはお稽古ごとを怠けてはならぬと、美津子は渋々と花器の前についた。

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