第10話 領主がいナイ
ととのえるの魔法で館中ぴかぴかにして、王都の館を後にする。
リーン王国の北側には、隣国まで跨ぐ大森林がある。
古くから存在するその森は、女神の森と呼ばれていて魔獣や妖精が多く、人が入ると迷って帰って来れないと言われる。
そこはどの国にも属さない、不可侵の森だった。
その森とリーン王国は北から北西と広範囲に近接していた。ショウネシー領もその内のひとつで、女神の森からの河川が領地内を蛇行していた。
エステラ達のいたゲインズ領はショウネシー領の隣。
同じく女神の森と近接している。
女神の森側には、マグダリーナ達が妖精のいたずらで飛ばされた、魔物の森と呼ばれる森がある。入り口付近は薬草や木の実等の恵み深い森だが、奥に行くにつれ強い魔獣が現れる危険な森だ。
冒険者ギルドの支部もゲインズ領にはあった。
ショウネシー領はゲインズ領ほど魔獣が出ることはないというのが、ダーモットの話だった。
が。
「半年ほど前から、ゲインズ領の冒険者ギルドに、ショウネシー領の魔獣討伐依頼が来てたはず……ちょっと確認して来るよ」
そう言ってニレルが転移魔法で去り、道中魔獣が出た時のために、エステラとスライム達が一緒に馬車に同乗して、ショウネシー領まで付いて来てくれることになった。
収納魔法のおかげで荷馬車を借りる必要がなくなり、最速の魔獣馬の馬車で途中まで移動する事が出来る。
ショウネシー領は道が整備されていないので、途中からはエステラの転移魔法で一気に移動する手筈だ。
「お父さま、領地に着いたらまず何から始めますか?」
マグダリーナは一応確認しておく。
「そうだね……しばらくは領主の館にやっかいになりながら、まずは領地の現状確認からだね……」
ショウネシー子爵家が領地に入ることは、前もって手紙で連絡し、王都出発前にも先触れの鳶便、通称とん便を飛ばしてある。
領地はマグダリーナの祖父の弟の次男……父にとって従兄弟のハンフリーが、現在領主をしていた。
ハンフリーは、学問の功績で爵位をいただいたショウネシーの血筋らしい、真面目で研究心も旺盛な人物とのこと。
十年前に川の氾濫があったことから、まず領地の治水を行い、それでも年々収穫量が落ちるため、近年は土壌改良の研究もしていたらしい。
聞いた限り、ダーモットが領地を丸投げしてるだけあって優秀そうな人のようだが……
マグダリーナが真面目に領地のことを考えているのに、ダーモットはソワソワとエステラの膝の上のハラとヒラを気にしている。
「んー、んー、ヒラ、くん……?」
「なぁにぃ?」
「君たちはスライムで合ってるよね?」
「そぉだよぉ。ヒラとハラはディンギルスライムだよぉ」
「ディンギル……さしずめスライムの神……という意味かな……?」
「そだよぉ。ダモはわかってるねぇ! スライムの最上位種だよぉ。すごいでしょぉ!」
「そうなんだ、とてもすごいね!」
「スライムすぐ死ぬから、みんなヒラとハラまでなかなか辿り着けないのぉ。ヒラはベビぃの時にタラに会って、大事に大事に大事にぃ育てて貰ったから、可愛くてすごぉいスライムになったんだよぉ」
うっ、とエステラは両手で顔を押さえた。これは、うちの子尊いムーブですね。
「僕にもスライム、テイムできるかな……」
ぼそりとアンソニーがつぶやいた。
この時は皆んな、まさかあんなものをテイムする事になるなんて、思ってもいなかったのだ……
道中、宿で一泊し、王都を出てから二日後、ショウネシー領に到着した。
通常なら一週間以上かかる旅程を、エステラとスライム達の魔法のお陰で一気にショートカットできた。
リーン王国の国土は、コの字を傾けたような形をしている。
王都や公爵領など栄えた領地と海を挟んで向こう側にあるのが、ショウネシー領とバンクロフト領。
この二つの領地はリーン王国二大辺境ど田舎だった。
ただしバンクロフト領は、ショウネシー領と違い農作物がよく育つ。特に豆が。
初めて見るショウネシーの領地は、枯れかけた作物ばかりで人影もあるかないか……うそです。ほぼナイです。
ただただ、ただっぴろい荒れ地が広がった、見るからに寂れたところだった。
既に秋も終わろうとしているので、侘しさが目に沁みた。
枯れ作物を押し退けて、ところどころ見知らぬ雑草が、青々すくすく背を伸ばしている。全くの不毛の地という訳ではないようだった。
途中で馬車を返して、転移魔法に頼って大正解である。とても馬車が走れるような状態とは思えない。
僅かに雑草の生えていない場所が道のようになっている所がある。おそらくバンクロフト領の商人の荷馬車が、根性だして通っている跡だろう。
バンクロフト領はショウネシー領との境以外は海に囲まれた、どん詰まりの領地だ。
海の魔獣は陸の魔獣より未知で凶暴。魔魚の体当たりに耐えうる船でないと、王都に荷を運ぶことは出来ない。
そもそもこの国で船を造っている所はない。
たとえショウネシー領がどんな荒れ地でも、バンクロフト領は根性出して王都まで何日もかけて自領の農産物を売りに行く。
来る途中の馬車の中で、父のダーモットがそう説明してくれた。
領主館の側に来ると、柵が設置してあり“魔獣出没危険”と札がかけられていた。
(なにこれ?)
ヒラとハラがぽんぽん跳ねながら辺りを確認すると、ハラが喋った。
「ここ、土地から懐かしい匂いがするの」
「わかる! するぅ。ヒラの生まれたとことぉ同じ匂い」
「ああ、なるほど」
エステラは頷いてダーモットに確認した。
「十年前に女神の森から流れる川が氾濫したんですよね?」
「ああ、そうだよ」
「だとすると、女神の森の魔力が川の水に溶けて流れ込み、土地に定着したんだと思います」
「それは、いけないことなのかい?」
「今までと同じ作物だと土地の魔力に負けて育ちません。合う作物を探すか品種改良するかですね……果樹なら女神の森のものを移植して育てられると思う……」
「しかし、女神の森は……」
入ったら出て来れないとも言われる危険な場所だ。
「私とニレルとこの子達なら、大丈夫ですよ。女神の森は庭と一緒です」
その言葉にダーモットは目を見張った。
「君達は、一体……」
「ふふふ、世界一の魔法使いの弟子です」
ダーモットはそれ以上深く詮索せずに頷く。
「とても頼もしいね。良ければこれからも、その知恵を貸してほしい」
そう言って差し出した手を、エステラより素早くヒラの手がにゅっと伸びて握り返す。
「いいよぉ」
その様子に、思わず皆んなで笑った。
魔獣注意の札があるので、念のためにハラが先に領主館の中に入って確認する。
入り口の扉に鍵はかかってなかったので、領主でありダーモットの従兄弟ハンフリーがいるものと思っていたが。
うにゅっと玄関から顔を出したハラが声をかける。
「魔獣いない、大丈夫なの。この中誰もいないの」
「誰もいない? とん便も出したのに、ハンフリー様が不在だなんて……」
ケーレブは念の為懐から短剣を出して、中へ進む。ダーモット、アンソニー、マグダリーナと続いて最後にエステラが中に入ってすぐ、しゃがみ込んだ。
「どうしたの」
エステラの行動に気づいて、マグダリーナもしゃがんだ。
「リーナ、これ」
エステラが指差した場所に、羽毛がパラパラ落ちていた。
「コッコカトリスの羽毛だわ」
「コッコ……なに?」
「コッコカトリス。通称コッコ。ニワトリにちょっとダケ似た魔獣よ」
魔獣と聞いて、マグダリーナは慌てて皆んなの後を追った。
領主の執務室は、まるでつい先程までそこで仕事をしていたかのように、書きかけの書類や書類の束が置いてあった。
中へ入ろうとしたダーモットを、ケーレブが慌てて制す。
「いけません、旦那様! 早く離れて!」
しかし時遅く、書類束がふわりと舞い上がると、ビリリと細かく裂けた。
「ああ〜!!」
ケーレブの悲鳴を聞き、ダーモットは慌てて執務室からでた。
「お父様、今のは一体……?」
「ああ……うん……どういう訳か昔から、近くにある書類が破けてしまってね……」
(お父さまが国の仕事に就けない理由って、もしかしてこれ?!)
「ダモ、妖精のいたずらぁ!」
「妖精……これは妖精の仕業だったのかい?」
「ダモの周りに風の妖精いるよぉ」
「なんですか、その妖精、書類に恨みでもあるんですか」
執務室からケーレブが出てきた。
「旦那様、これを」
銀縁の眼鏡を、ケーレブは渡した。
「こ……これは、ハンフリーの本体!」
(眼鏡でしょ?)
「机の横に落ちていました」
父の手元を覗き込むと、眼鏡の縁にふわふわの羽毛がついている。
「……まさか、コッコに食べられちゃったの?」
思わずでた言葉に、ハラがふるふる震えて否定する。
「血の匂いもないし、ここで捕食はされてないの。それにコッコは人を食べないの」
「そうなのね、よかったわ」
安心した途端に、外の音が気になった。
ドドドドドと何かの足音のような音が聞こえてきたのだ。
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