第9話 家がナイ

 ニレルの転移魔法で、王都のショウネシー子爵家まで送ってもらう。

 一応念のためと、ニレルとエステラも一緒に来てくれた。心強い。


「ただいま……?」

 屋敷の中は薄暗く……まあそれはいつものことだけれど、執事のカルバンが出てくる様子もない。


(留守? 入れ違いになったのかしら?)


「お姉さま、書斎にならお父さまがいらっしゃるかもしれません」

 アンソニーの言葉に頷き、父の書斎に向かう。


「いい加減にして下さい、旦那様! お子様達に会いたくないんですかっ!?」


 ケーレブの声だ。彼がこんなに声を荒げるのを、初めて聞いた。

 マグダリーナとアンソニーは顔を見合わせる。


「そんなことはない、そんなことじゃないんだよ……」

「確かに奥様は、時、が来るまで何もしてはいけないとおっしゃいました……ですがこうなってはもう動くしかないでしょう!

お嬢様とお坊ちゃんがいなくなって、お二人が大事だと身に沁みられたのでしょう? 往生際が悪いですよ。このお屋敷の引き渡しも迫ってるのに……」


(ん?? 引き渡し?)


「わかってはいるんだ……でも……」


「あ」

 エステラの肩の上から、空気の読めないスライム達が転がりでると、書斎にぽよぽよ入って行く。


「こんにちはぁ。ヒラとハラなのぉ」

「わっ! っえ、スライム?! しゃべ……いや、なんでこんな所に」

 慌てて警戒する執事見習いケーレブ(25)と対照的に、ダーモットはのんびり頷いた。

「こんにちは。私はダーモット・ショウネシー。我が家になにか用かな?」

「ダモぉ?」

「言いにくいなら、ダモでいいよ」


(お父さま、なんでそんなに落ち着いてるのよ?)


「ダモ! おそぉい! ヒラとハラはタラとニィと一緒に、リーナとトニー連れてきたのぉ」

「リーナ……トニー……」

 ハッとして立ち上がると、ダーモットは書斎の入り口を見た。


「リーナ! トニー! 良かった!!」

 見つかったので、のろりと書斎に入った途端に二人ともダーモットに抱きしめられた。


「良かった……本当に……っ」

 感動の再会のはずだったが、マグダリーナの心は冷静だった。

「ところで引き渡しって、なんですか?」

 ダーモットはケーレブを見た。縋るような目で。

 ケーレブはそっと片膝を突いて、マグダリーナとアンソニーに目線の高さを合わせると、頭を下げた。


「申し訳ございません。そろそろ現状を維持するのも限界だと思い、このお屋敷を売って資金を作り、馬車と馬を借りてお二人をお迎えに行こうかと。そしてそのまま領地に引越し、領地を立て直しながら慎ましく生活していくことを、旦那様に提案させていただきました。旦那様は王都で働く事はおできになりませんし、このお屋敷を手放しても不都合はないかと」

「それで、売れたのね」

「はい、オーブリー侯爵夫人がご購入下さいました」


 オーブリー侯爵夫人は亡き母の異母姉、シャロン伯母様のことだ。結婚して侯爵夫人になった。

 マグダリーナも母の生前に会った記憶があり、母とは腹違いの姉妹だが、とても仲が良い方だったので、支援の気持ちで購入下さったのだろう。


「王都を離れるということで、永らくお世話になったカルバンさんとマハラさんは、お辞めになりました」


(確か二人共王都に家族がいたはずだから、仕方ないよね)


「荷造りは済んでおります。あとは馬車さえ手配すれば……出発できたのですが……」

「お父さまはなんでぐずったのかしら?」

 ダーモットとケーレブが一瞬視線を交わすと、ケーレブはしれっと述べた。

「図書室の本を全て運べないから、と……」


 紙が前世の日本ほど大量に作れずに価格が高いこともあり、この世界での本は高価だ。

 そもそも識字率の問題で、貴族の需要を基本に部数も価格も決められているので、さもありなん。


 下級貴族や字の読める庶民は、図書館や古本を利用している。

 我が家も下級貴族なのだが、ここでダーモットが毎月新刊を購入していたことが発覚した。


(食べるものがあの有様だった状態で? そりゃ知識は大切だけど、限度と状況を考えるべきじゃないかしら……本当ダメダメな父親だわ……)


 でも、なんだか憎めない。

 だから伯母さま達も支援の手を差し伸べてくれてたのだろう。


(なんだかんだと人に助けて貰ってる。お父さまは前世で大きな徳でも積んでいたのかしら?)


「わぁっ!!」

 ケーレブの驚いた声に振り返ると、荷作りして置いてあった荷物を、アンソニーが収納魔法で片付けてしまったようだ。

「お坊ちゃん、いつの間にそんな高等魔法使えるようになったんですか?!」

「エステラとニレルに教わりました。お二人はとても凄い魔法使いなんです!!」


 マグダリーナも立ち上がった。

「そうだわ、図書室の本も収納しちゃえば良いのよ。それなら引越しになんの心配もないはずだわ。ね? お父さま」

「……ああ」

「それじゃあ片づけてくるから、ケーレブは馬車の手配をお願い」

「お姉さま、僕も手伝います」

 そそくさとマグダリーナとアンソニーは図書室へ向かった。



 書斎に残された二人は、書斎の前にずっといた魔法使い達に気付き、慌てて礼を言う。

「助けていただいた上に、娘と息子に魔法の手解きまでしていただいたそうで。本当に感謝します」

 ダーモットが礼を言うと、ケーレブがお礼の金貨を入れた小袋をトレイに乗せて来た。決して少なくない量のそれを、ニレルは受けとる。

「ニレル! 私はリーナとトニーとは友達になったのよ……だから」

「お金は受け取りたくない?」

「だって、お礼なら言葉と気持ちでもう貰ったし。それにまだリーナ達にはお金が必要になってくると思うし……」

「これは子供を亡くしかけた、ショウネシー子爵からの礼だよ。場所変えの妖精のいたずらは、命に関わることだってある。僕たちが礼を受けないと、あの子達とショウネシー子爵の信頼関係に影響がでるよ」

 ダーモットも頷いた。

「子供の恩人に礼もしない父親だと、あの子達に愛情を疑われてしまうね。それに今の私はこの家を売って工面したお金以外、何も持たない。どうか遠慮なく受け取ってほしい」

 確かにそうかも知れない。でもエステラはダーモットからそれ以上のものを既に受け取っていた。

 顔色も変えず、エステラの大事なヒラとハラを、人間の子供に接するように受け入れてくれたこと。

 でもこの場でそれを主張して無理に断るのは、ダーモットの顔を潰すことになるのかも知れない。

「わかったわ……」

 辛気臭い顔で礼を受けとるのは、よくない。エステラは笑顔でダーモットに礼を言った。

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