第2話 父が働かナイ 使用人がたりナイ 魔法も使えナイ

2. 父が働かナイ 使用人がたりナイ 魔法も使えナイ


 ショウネシー子爵家の領地は十年前に河川の氾濫があってから不作が続き、年々領民と税収が減少しているとのこと。


 このリーン王国の貴族は、爵位の他に「拝領貴族」、「領貴族」、「拝名貴族」と大きく三つに分けられている。


 拝領貴族は国から領地を与えられた貴族の家門で、ショウネシー子爵家はこれに当たる。領地の代表で、主に社交が仕事になるので、多くの拝領貴族は領地ではなく、王都に居を構えていた。


 因みに父ダーモットが社交している姿は、マグダリーナのどの記憶の中にも無かった。


 領貴族は、拝領貴族の下で、その領地の運営に携わる実務部隊の家門だ。大きな拝領貴族は麾下の領貴族も多い。


 拝名貴族は、国に貢献した個人に与えられる、一代限りの爵位を持つ者だ。拝名貴族の配偶者と子は、爵位を頂いた本人が存命の間だけ、貴族として扱われる。

 領地は持たないので、家門で爵位を維持したい場合は、爵位がある間にどこかの領貴族になる必要がある。


 同じ爵位でも、拝領貴族の課税額は一番高かった。


 領地を与えられている拝領貴族の本分は、領地を繁栄させ領民を守る事で国に貢献することであり、領地に関する事柄以外で自ら商業を行ってはいけないとの決まりもある。

 ただし例外として国政に携わる職につくことは許された。


 であるのに、ダーモットは職につく気配もない。何故だ。働け。


(とにかく領地をなんとかするしかないのね)


 マグダリーナはとりあえず提案した。

「お父さま、領地からの税収が思わしくないのなら、一度直接領地の様子を見に行くのはいかがですか?」


 ダーモットは不思議そうに、娘を見た。

「リーナは領地を見てみたいのかい?」


(は?)


 ふむ、とダーモットは思案する。

「うーん、馬と馬車は借りるとしても……」


(もしかして借りるお金がない、と言いたいのね)


「何より今は付き添わすメイドもいないしね……リーナを一人で外出させる訳にはいかない。我慢してくれるかな」


(なん……だと……?)


 領地の話をしたら、普通は父であり子爵であるダーモットが動くべきじゃないのだろうか? 


 それともこの世界では違うのだろうか? 


 そうなの? そんな、バカな。


 父は日がな一日、本ばかり読んでるのだから、知識だけは豊富なはずだ。なにせこの世界にある本は、実用書や学術書ばかりで娯楽本など無いのだから。


(お父さま、どんだけ仕事をしたくないの?! ダメダメじゃない!)



◇◇◇



 ショウネシー子爵家の使用人は、現在たった三人。


 たぶん、まともにお給料が払われていない予感がする。いや、絶対そうだろう。


 子爵家の三人同様、使用人達三人も、すっかり痩せ細っていた。


 マグダリーナの看病をしてくれた、老齢のマハラは、マグダリーナとアンソニーの子守だった。二人の手がかからなくなってくると、針仕事や邸内の掃除等もしているが、足腰も弱ってきているので今後の不安がある。


 先代から仕えてくれている、執事のカルバンは、濃い茶髪に白髪が混ざり、頭部に肌色が目立つようになって来た、五十代半ばの物腰の柔らかい男性だ。子爵家を取り仕切り、ダーモットの信頼も厚い。


 カルバンの後継の執事見習いケーレブ。彼は元々、孤児院育ちだったマグダリーナの母と同じ孤児院に居た。

 母が伯爵家に引き取られる時に、縁あって使用人見習いとして一緒に引き取られたのだ。その後、母に付いてショウネシー子爵家に入ってくれた。


 ケーレブはショウネシー子爵家より家格の高い伯爵家で働いていたし、もう見習いを卒業しても良いのだけれど、使用人激減の煽りを受け、下男の仕事をしている。おまるの世話をしているのも彼だ。洗濯もしている。


 いくら身体が十歳とはいえ、三十代の前世の記憶がある身としては、二十五歳男子におまるのお世話や下着を洗ってもらうのは羞恥でしかない。なんとかして魔石を手に入れたいものだ。


 ふとマグダリーナは、使用人も含め誰一人として、魔法を使っている様子がないことに気づいた。


「ねぇ、マハラ。どうしてうちでは誰も魔法を使ってないの?」


 食後マグダリーナは、マハラと一緒に繕いものをしていた。


 マハラに反対はされたが、刺繍の練習にもなると言って強行したのだ。

 ガタガタの縫い目でも、穴を、破れを、いま塞ぐのが重要なのだから。


「そうでございますね……旦那様は軽々しく魔法を使われないよう、気をつけておいでなので……」


「マハラやカルバンは使わないの? 私はいつ魔法が使えるようになるのかしら」


 マハラはマグダリーナに基本的な魔法の知識が不足していることに気づき、説明した。


「お嬢様、魔法は女神エルフェーラ様が与えてくれる恩恵でございます。教会で魔力鑑定を行うことで女神エルフェーラ様が魔法を使えるようにして下さるのです」


 女神エルフェーラは、マグダリーナにもわかるこの世界の主神だ。大陸中のすべての国で信仰されている。


「ではまず、教会へ行けばいいのね!」


 マグダリーナは一筋の光明を見た。


「魔力鑑定には、一回金貨一枚のお布施が必要でございます」


(!!!!?)


「リーン王国は魔法使いの国とも呼ばれておりますから、貴族は王立学園入学前までに魔力鑑定を行っておくのが通例でございます。貴族の他にはお布施を払える裕福な商人と幾人かの冒険者が魔力鑑定を行うくらいで、元々の魔力量の少ない平民は、魔力鑑定を行わず魔法を使わずに暮らす者が殆どなのですよ」


(つまり私とアンソニーの分で、金貨二枚は必要……)


 マグダリーナの記憶には、お金を扱ったことはなく、金貨の具体的な価値がわからない。

 しかし「金」というからには相当高価なのではなかろうか……


(いざとなったら身分を隠して、アルバイトをするしか……いや待って、そもそも十歳の女の子が、自由に出歩ける治安なのかしら……)


 父ダーモットが領地を見に行くのに渋ったのは、もしかして金銭面だけでなく治安面でも不安があるからかも知れない。


 そしてなんと毎日の食事は、ケーレブが我が家の仕事が終わった後、夕方から深夜過ぎまで、酒場の厨房でアルバイトをし、残った食材を分けてもらっていたらしい。

 因みに、酒場からは僅かばかりの賃金もあり、それは全て我が家の生活費の足しになっていたという……


(ショウネシー子爵家、流石にブラック環境すぎない?!)


 マグダリーナはショックと空腹で目眩がしそうだった。



◇◇◇



 そしてマグダリーナに転生して、一週間程たった。


 地道に家事の手伝いはしているものの、これといった良い金策も浮かばない。そもそもお腹が空いて良案など浮かぶはずもなかった。


 切ない気持ちを切り替えようと、部屋の窓を開ける。すると庭園に蹲る、弟のアンソニーの後ろ姿が見えた。


 なにかあったのだろうかと、慌ててマグダリーナも庭園にでる。

 なにせこの家の生活状況だと、いつ誰が体調を崩して倒れても、おかしくないのだ。



 庭園とは名ばかりのそこは、木々は殆ど葉が落ち、そのくせ雑草は生い茂っていた。この雑草が全部野菜だったら良いのに!!


 マグダリーナはアンソニーに声をかける。


「トニー、どうしたの?」

「リーナお姉さまっ」


 アンソニーは驚いて振り向いた。

 本を片手に、真剣に草を見ていたようだ。声をかけるまでマグダリーナに気づかなかった。


「……食べられたり薬になるような草がないか、探していたのです。もうお姉さまが倒れるところは見たくないので……」

「……っ!」


(私の弟……もしかして天使だったの!?)


「私も一緒に探すわ」

「ダメです、お姉さま。手が傷ついてしまいます!」


 アンソニーの手を見ると、草で切ったのかちらほらと細かな切り傷があった。

 深い傷ではないが、地味に痛そうだ。


「まあ、トニーの方が傷だらけじゃないの!」

「大した傷ではありません。大丈夫です」


 それでも何か処置を……ハンカチを持っていたはずと、マグダリーナは視線を腰のポケットに移す。


 その時、少し離れたところの地面に、きらりと光るものが見えた。


 気になって近寄ると、大きくて白いマッシュルームのようなキノコが、きれいな円形に並んで生えている。


(マッシュルームは食べられる筈だわ!!)


 さっそくマグダリーナは、しゃがみ込んで、その膝にハンカチを広げた。アンソニーの怪我の処置をと思っていたのに、飢えた身体は一瞬でそのことを忘れさせていた。


「お姉さま!」


 マグダリーナの様子に気付いたアンソニーが走ってきて、慌ててマグダリーナに手を伸ばした。


 マグダリーナがキノコを採取しようと手を伸ばした途端、膝の上に広げたハンカチが、ふわっと風に飛ばされる。そちらに気を取られたマグダリーナは、キノコの円の中に足を踏み込んだ。すると円の中に青白い光が浮かぶ。


「お姉さま!!!」


 アンソニーは走りながら必死に手を伸ばし、マグダリーナの手を掴んだ。


 二人は青白い光に包まれ、そして消えた。

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