第6話 遺跡からの脱出 5

「神々が気紛れでも起こしたのか?」


 生き返ったらしいという俺の返答を聞いてハスが首を傾げる。


「そんな気紛れがあるなら俺としてはラッキーだったよ」

「やはり加護の一種なのかもしれんな」

「加護って与えるときなにか使命とかも一緒に与えられたりする?」

「状況による。なにか世界に問題が起きたとき与えられることもあれば、気に入った者に与えることもある。前世の我は気に入られた方だ。加護を与えられたとき必ず声を聞くはずなのだが、聞かなかったか?」

「聞いてないね。そういった加護って赤ん坊の頃に与えられたりしたら声については覚えてないんじゃないの?」

「覚えているようだ。忘れようのないことなのだろう」

「だとしたら聞いた覚えのない俺は加護を受けてないと言えないか?」

「死んでいるときに加護を与えられたという記録はないからな。さすがに死んでいれば聞き逃すのかもしれん」


 そうなのかと適当に返事をしておく。


「加護かどうかはおいておくとして、スキルに話を戻そう。効果を付与といったが、ここ以外にどのようなことができそうだ?」

「想像次第としか言えないよ。俺としては道具の鑑定をできるルームとか誰でも中から外を見ることができる観測室を作りたいなと思っていたよ」

「鑑定ルームか、手持ちに用途不明の品があるし便利そうだ。今できるのか?」

「無理。ルームを生み出すのに技力が必要なんだけど、ここを最大稼働するため全部の技力を使った。回復しないとどうしようもない」

「マナブロックを使っても足りないのか?」

「あ、それのこと忘れてた」

「まあ急いで知りたいというわけでもない。回復したあとでもよかろ。ああ、我としたことが大事なことを忘れていた」


 なんだろ。ほかに聞きたそうなことってなにかあるかな。

 ハスは真面目な表情になり、俺の顔の位置まで浮かぶ。


「この度は命を救っていただき感謝する。この恩は我が神の名にかけて必ず返すと誓おう。そして真っ先に礼を言わなければならないのに、好奇心を優先した無礼を詫びる」

「……」


 思った以上に真剣な礼と詫びでびっくりだ。なにか返すこともできない。

 命を助けたことは大きなことだろう。礼を言われることも予想していた。でもここまでの礼を示してくるとは。


「ちょっと大げさなくらいに礼を言ってない?」

「おおげさなものか。命を助けられるというのは大きなことだ。死んでしまえば、それまでなにをしても終わり。そういった終わりを否定して、未来を与えてくれた。今の我にはなにも返すことはできない。だからこそ感謝の思いはしっかりと伝えなければならないのだ」


 あまり理解できていない俺を見て、ハスは表情を緩めて笑みを浮かべた。


「本当に心の底から感謝していると理解すればいい」

「そうするよ」

「じゃあもう一つ言っておかなければならないことがある」


 ハスの頬が赤くなる。


「倒れて意識を失う寸前、醜態を見せた。忘れてほしい」

「……あれか。死が迫っているんだから素がでてもおかしくないと思うよ」

「素ではないのだ。体に精神が引っ張られただけなのだ」

「なるほどー」

「その顔は信じていないものだな。本当にあれが素ではないのだよ!」


 わかったわかったと返すと、ハスは頬を膨らませる。そういった仕草を見せるからそっちが素だと思うんだけどねぇ。

 ハスは床に降りてタオルの上に座る。


「外は今どれくらいだ? 暗くなっているならこのまま休むのがいいと思うが」

「ちょっと待って」


 外を見てみると日暮れ直後くらいの明るさだった。

 西の方が明るいから、明け方というわけではなさそうだ。


「日暮れになってる。今日は出ない方がいいよ」

「ではそうするか。我は念のためここで休もうと思うが問題あるかね?」

「ないよ。俺もここで寝る。寝心地が良い場所だしね。食べ物を取ってくるよ」


 頼んだというハスの返事を聞いて、普段使いしているルームに行き、食料を持って回復ルームに戻る。

 食事をとったハスはすぐに寝るといってタオルに包まった。

 俺はどんなルームを作りたいか考えて時間を潰し、そのうち眠る。

 朝が来て、食事を終えて、出発する前に鑑定ルームを作らないかというハスの提案に乗る。

 作ったルームに、未鑑定の品を持って二人で移動する。


「これまでのルームと変わらないが、フォルトはどうだ?」

「今俺の脳裏にステータスと似たような映像が浮かんでいるよ。なにを鑑定するのか決めてないせいか空欄だけどね」

「ほう。では早速鑑定してみてくれ」


 わかったと返して、調べたいものを手に取る。まずは薬瓶からだ。

 薬瓶に意識を集中すると、空欄だった画面に文字と状態が浮かぶ。

 

「ええと、器用の稀薬。本物と正常って書かれている」

「その名前に間違いはないのか!?」


 ハスが目を丸くして聞き返してくる。


「間違いないけど、これのこと知ってんの?」

「かなりの貴重品だぞ。我は知らずにそれを手に入れていたのだな」

「どういったものか説明をお願い。効果までは書かれていないんだよ」


 知識のない人間が名前と真贋と呪われていないかという状態をわかるだけでもかなりものだと思う。でも贅沢を言えば効果までわかってもらいたかったな。

 知識系のスキルを取れば、連動してわかるようになるんだろうか?


「稀薬はステータスを永久に上昇させるものだ。大昔、神々のもとで繁栄を誇った者たちが作った代物で、今では滅多にみつからない薬。これを再現しようとしている者たちがいるが、劣化品の水薬を作ることしかできていない」


 思わず手の中の薬瓶を凝視する。

 ゲームとかに出てくるステータス上昇アイテムだったんだな。

 そしてふと気付く。

 

「……これを複製することができたんだけど」


 荷物からもう一本の薬瓶を取り出す。

 ハスが固まる。


「複製なんてもこともできたのか。それも本物という鑑定結果がでるのか?」


 恐る恐るといった感じでハスが聞いてくる。

 早速鑑定してみると、一本目とまったく同じ結果が出た。

 それを伝えるとハスの表情がひきつり、やばいと呟く。


「そ、そんなにやばい?」

「噂話ではあるが、知恵の稀薬を献上して、貴族としての地位をもらった人間がいるそうだ。ここのような遺跡で見つけた稀薬をめぐって、殺し合いをした者たちもいる。どこの王城でも宝として倉庫で保管されているだろう。そんなものを量産できる人間がいると知られれば、お前をめぐって戦争が起きても不思議じゃない」

「戦争って」

「大袈裟な話ではないぞ。器用さのみとはいえ、上限を突破した兵を量産できるのだ。戦力上昇が容易に行える。職人たちに使ってもいいな。品質上昇が確実に見込める。そうして作られた品を他国に売れば、国庫が潤うだろう。その価値を理解できぬ王や貴族などいないだろうさ」

「わぁーすごい」

「ちなみに回復ルームだけでもすさまじい価値だぞ。大きなルーム全体に回復効果があるということは、大勢を一度に治療できるということ。いやルームに大人数を閉じ込められるだけでも、相手の戦力を減らせて戦術的に価値があるな」

「気軽にこのスキルをばらしていったら、俺も周りも平穏なんてなくなる?」


 ハスは深々と頷く。


「会う人全員にばらすつもりなんてなかったけど、これからはより慎重にならないと駄目なやつだ、これ」

「だろうな。我も好んで戦争を起こすつもりはないから黙っておく。魔王時代に知ったら利用したが、妖精でしかない今は振り回されるだけだ」


 暗い考えを振り払うようにハスは首を振った。


「我らが自由に利用するのはありだろう。できるだけ量産して器用さを上げられるだけあげようと思うがどうかね」

「しないなんて選択はない。ただ器用さをあげるとどうなるんだろ」

「体の精密動作が可能になるだろう。武器の扱いが上手くなり、なにか作るのも上達しやすいだろう。贅沢を言うなら、体力や技力を上げられるステータスに関わる稀薬がよかったのだがな」


 器用と知恵はその二つに関わらないからねー。

 たしか体力は筋力と素早さとなにかの合計値から求められる。TRPGに近いという世界システムらしいから、筋力+速さ+サイコロで出た数値とかそんな感じなんだろう。

 技力も似たようなもので、魔力+精神力+サイコロといった感じ。

 俺の体力と技力から考えると、該当ステータス+サイコロふたつの合計値なんだと思う。サイコロひとつだと数値が足りないし。


「今日も魔物に襲われて回復ルームを使うかもしれないから、技力全てを使って複製するのはやめとくけどそれでいい?」

「ああ、問題ない」


 今日のところは一つずつ稀薬を飲む。

 ステータスを確認すると器用さが4に上がっていた。ハスも同じだそうだ。

 今のところは3のときと大きな違いはわからないけど、明日明後日と薬を使うたびにわかるかもしれない。

 薬を使ったあとほかの品も鑑定する。

 指輪は呪われている品だった。あとで部屋ごと消して処分することにして、コインと腕輪を鑑定する。マナブロックも一応鑑定したけど、そのままだった。


「コインは祈りのコイン、腕輪は退魔の腕輪って書かれている」

「祈りのコインは病気や呪いを退ける効果がある。退魔の腕輪は魔法のダメージを少しだけ減らしてくれるだろう」

「コインであの指輪はどうにかできそう?」

「無理だな。呪いを払おうとしても格の差でコインが砕けそうだ。素直に処分した方がいい」

 

 話と鑑定を終えて、外に出る。


「また寝込むのは勘弁だから、慎重に行く。脱出は明日の昼過ぎくらいになるだろう」

「俺も勘弁だからそれでいい」


 死にかけて緊張を取り戻したハスが周囲を警戒しながら先導する。

 それについてき、予定通り翌日の昼過ぎに遺跡から出ることができた。

 この脱出が困難な状況を突破したとみなされたか、俺もハスもレベルが上がる。

 俺は6へ、ハスは4へ上昇した。ついでに今日も稀薬を使って器用さを5に上げてある。

 一般的な人間の最高値まで上げると、さすがに違いはわかる。体が思い通りに動くのだ。


「レベルがいっきに3上がった。それほど厳しい状況だったのだな」


 ハスが驚いたように言う。

 レベル1であの遺跡をうろついていたんだよな。本当によく生き残っていたもんだ。


「俺はハスという協力者がいたからその分得られるものは減ったのかな」

「そうかもしれん。スキルポイントはなにに使うか。とりあえず自然魔法は上げる。残りは使わずにとっておくか」


 スキルポイントを上げ終わったハスにこれからどうするのか聞く。


「助けられる前までは、脱出できればそこで別れるつもりだったのだが、ついていく。ここで別れては恩返しができない」

「そっか。いつまでの付き合いになるかわからないけど、よろしく」


 握手のため手を差し出すと、俺の人差し指をハスは握り返す。


「お前は今後どうするつもりだ」

「遺跡そばにある冒険者や商人が集まるところに行って、骨とかコインとかを売ってお金に換える。そのあとはお金を複製して、家族に渡しにいく。一攫千金の目的は果たしたことだし遺跡に用事はなくなった」


 ほかの稀薬がないか探してみたくはあるけど、今の俺たちだと命懸けの探索にしかならないしやめておこう。


「ハスは別れてどこに行くつもりだったんだ」

「北上して戦場を通って魔族領域に行くことしか考えてなかった。安全に過ごせる土地を探すつもりだったのだよ」


 こんなところで長く厳しい生活をしていたら、平穏に暮らせる場所を求めるのも仕方ない。


「しかし恩返しのためもあるが、もしかするとフォルトについていけば王に返り咲くことも可能かもしれないな。この際魔族の王でなくてもいい、、魔物の王でもいい。生まれ変わって失った強さと誇りを取り戻し、かつての我を取り戻すのだ!」

「夢はでっかい方がいいっていうもんね。ファイト―」

「子供でも応援するような口調はやめろ」


 ジト目で言ってくる。

 そうは言っても、魔王云々は設定としか思ってないし、見た目小さいから夢を語る子供のように思えちゃう。実際生まれて2年とか言ってたでしょ。

 話を変えるか。


「安全といえばハスを連れ歩いて大丈夫? たしか魔物と一緒に行動している人って見たことないような。たまに馬車を引く魔物を見るくらい?」

「人と魔物が一緒というのは珍しくはあるが、絶対ないというわけでもない。我が暴れなければ、二人とも珍しそうに見られるくらいだろう。さすがに魔族と人がともに行動するのはありえないが」


 フォルトの知識でも魔族とは敵対するものとなってるしね。

 人間と魔族ってなんで敵対してんだろ。ハスに聞いてみるとわからないと返された。

 

「神々がそのように生み出したわけではないのはたしかだ。魔神は人間の殺害を推奨していない。交流していくうえで敵対的になっていったのだろう。いくども戦いを繰り返し恨みを重ねたことで決定的に両者は決別したのだろうな。二種族の戦いは勝者と敗者の歴史を繰り返す。しばらく勝者の歴史が続き、力を蓄えた敗者が勝者を倒して勝者となる」

「魔王が倒れた今は人間が主役の歴史というわけだ」

「そうだな。歴史を見るに、あと50年から100年は人間の繁栄が続くだろう」

「繰り返しているなら歴史に学んで、どちらかを絶滅させるまでやりそうなものだけど」

「それは神々が許さない。争うことは許しても、滅ぼすまでやると手痛い罰を受ける。そういった実例が昔あったようだ」


 やりすぎにはおしおきか。

 戦いの歴史へと神々が誘導しているようなもの、いや最初に人間と魔族が共存の道を選んだら、戦いの歴史へと流れることはなかったのかもしれない。

 ここから二種族が協力するには、世界の外から敵がやってくるしかなさそうだ。一時的に協力して相互理解を深める。でも互いを互いに囮として使ったら、溝が深まるだけかもしれない。

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