第5話 遺跡からの脱出 4
異世界に来た次の日も魔物を回避して、採取しながら少しずつ遺跡を進む。今日の収穫は骨など以外にマナブロックというものもあった。
見た目はうっすらと紫がかったビー玉。マナが込められているようでこれからマナを引き出すことで、自分の技力を使わずに魔法や技を使えるそうだ。
拾ったものに込められているマナはそこまで多いものじゃないようで、3くらいの技力だそうだ。
同じように三日目も順調に進み、警戒も慣れてきた。
明日の夕方には脱出できているだろうと話しながら歩く。
順調にいきすぎて、俺もハスも気が緩んでいたんだろう。特にハスは安全に休めるところを確保できて、これまでの生か死という状況からの解放で本人も知らず知らずのうちに張り詰めたものが緩んでいた。
そのつけはすぐに払うことになった。
「シャアーッ!」
「っ!?」
ハスが驚き、とっさに身を捻る。
ハスがいたところを大蛇が通り過ぎていった。
大蛇は俺たちを体全体で俺たちを囲むようにして顔を向けてくる。十メートルを優に超える大きさの黄色の蛇だ。
「ルーム!」
ルームを生み出して、そこに入れる。
大蛇が消えて、ほっとしながらハスを見る。
「驚いたな。あれ、どこだ?」
ハスが浮いているところを見てもそこにはおらず、周囲を探すと地面に座り込んだハスを見つけた。
しゃがんでハスをよく見てみると顔色が悪い。
「どうした」
「ぬかった。毒だ。しかも回りが早い」
苦しそうに呼吸を荒げる。
「毒を消す魔法は使えないのか!?」
「残念ながら無理だ」
「だったら急いで外に出て、医者に見せるしか!」
「さすがにその時間はないな。せっかく脱出できると思ったのに……やだやだやだやだ! ここで終わりだなんてやだ……」
じたばたと手足をばたつかせたハスは悔しそうな顔で意識を失った。
「ど、どうしよう」
ハスを抱き上げて、どうにかできないかと診察する。ハスの左の太腿にできたばかりの傷があった。
毒を吸い出せばいいんだっけ? いやそれをすると俺も毒を取り込むことになる。
素を出すくらいに生きたがっていたのだから、どうにかしてやりたい。
「と、とりあえず安全なところで休ませよう」
ルームに戻ってタオルにハスを寝かせる。
その程度では楽になることもなく、苦しげに呻いたままだ。
慌てたままでは良い考えは浮かばないと、自分の頬を叩いて深呼吸する。
「手持ちのカードからどうにかできるものがないか考えよう。まず俺自身に毒治療の知識はない。スキルポイントがあれば治療の知識を得られるか? 少しは治療に関する知識がないとそもそもスキル取得は無理かもしれない。それにスキルで知識だけを得ても道具とか薬になる植物を必要としたら意味がない。スキルはとりあえずなしだな。だったら手持ちの道具はどうだ」
ルームに置いてある道具などを広げる。
骨や食べ物は関係ないから端に寄せる。
残った魔法道具を眺める。どれもどんな効果があるのかさっぱりなものばかりだ。
「可能性が少しでもありそうなものは薬?」
ハスが手に入れていた薬瓶を持つ。
蓋を開けて、手で仰いで匂いを嗅いでみる。刺激臭でもしてくれれば駄目そうだとわかるけど、草っぽい匂いがするだけだ。
「悪化させる可能性を思うと軽はずみなことはできないよな」
薬瓶を置いて、コインや指輪や腕輪を持ってみる。
さすがに持っただけではなんの効果もでない。
「現状打つ手なし。町までは間に合わないみたいだし、どうすべきか。ルームに賭けてみるしかないか?」
次のレベルアップで取得できるポイントでルームをレベルアップさせられる。さらに強力になったルームなら、治療できるルームが生み出せるかもしれない。
「今の俺にできるのはそれくらい。賭けるのが俺の命じゃなくてハスの命というのが心苦しいな」
俺の命を賭けて失敗したらそれは自己責任だと思えるけど、ハスを死なせたら悔やむ。
それでもなにもしないでこのままハスの死を待つよりはましなはず。
「そう決まればレベルアップの方法を考えよう。幸い大蛇をルームに放り込んである。たしか蛇は寒いと動きが鈍るし、意識を失うはず」
大蛇を入れたルームの温度をマイナス50度まで下げて、大蛇の様子を見る。
大蛇は暖かいところを探そうとしているのか、ルームを動き回っている。
「このまま待っていればいずれは動かなくなる」
そこで待てよと疑問が湧いた。この方法はすでに一度やっていて、同じことを繰り返して困難を突破したと言えるのだろうか。
「倒してもレベルアップしないのなら、時間を無駄にすることになる。確実にレベルアップしたければ、また違った困難に挑んだ方がいいかも。今できる困難……蛇と戦って倒す。ここらの魔物は俺より強いし、あれも確実に格上だ。対峙して戦って勝てば困難突破だろう」
怖くはあるけど、それしかハスを助ける希望がないとまた頬を叩いて気合を入れる。
「問題としてはまともにやりあうと負ける。しかも毒をもっているから毒を受けてもアウト」
どうすれば勝率を上げられるか考えて、一撃離脱を繰り返すことにする。
大蛇の動きは寒いせいでどんどん鈍くなっている。これなら俺もなんとか避けられるだろう。
「あっちに移動して攻撃を当てて、ルームを出て、またルームに入って攻撃。チキン戦法の極みだけど、勝つためだ。勝率はどれくらい上がるかわからないけど、無策よりははるかにましだ」
戦い方を決めて、さっそく大蛇を入れたルームに入る。戦うなら広い方がいいと、あのルームは今できる最大限に広げてある。
「寒いっ」
マイナス50度をなめたわけじゃないけど、想像以上の寒さだ。
勝率を上げるためだけじゃなく、体温を保つためにもルームの出入りは必要だ。
「さっさと一撃を当てるぞ!」
俺の声に反応してこちらを見てくる大蛇の動きは明らかに鈍い。
そんな状態でも俺が敵意を向けているのはわかるようで、威嚇するように口を開けた。そして噛みつこうと迫ってくる。
頭部の下へと飛び込んで避けて、剣を振ってルームを出る。
寒さを紛らわせるようにタオルで体をこする。
「硬かったな。ゲームで言えば1ダメージも入っていなかったんじゃないか」
このままダメージなしで斬りつけても、戦ったとはみなされないかもしれない。
ほんの少しでもいいからダメージを入れる必要がある。
「全体重を乗せた突きならなんとかなるか?」
へんに体重をかけると折れるかもしれないけど、剣は複製してもう一本あるし駄目にしてもいい。
次は突きをみまうことにして、寒さがある程度やわらいでからまた大蛇のいるルームに入る。
大蛇も俺が出入りできることは理解しているみたいで、現れた俺にすぐ顔を向ける。
顔はこちらに向けたまま、尾での薙ぎ払いをしてくる。そこまで速くはないので跳んで避けることはできた。
大蛇は跳ばせることが目的だったのか、着地する前に噛みつこうと迫ってくる。
(回避は無理だ。離脱)
普段使いしているルームに戻って、すぐにまた大蛇のいるルームに入る。
噛みつこうと体を伸ばした状態で、今がチャンスだと駆け寄って剣を突き出す。だが硬い鱗に阻まれる。若干凹ませることはできたけど、貫くことはできない。
勢いが足りないと思いつつルームから出る。
「次は駆けてジャンプして勢いと体重を乗せた突きだ」
今の大蛇は俺がどこからくるのかと、あちこちに顔を向けている。
その顔とは反対側に現れることを意識して入り、すぐに走って近寄る。
「くらえ!」
大きくジャンプして逆手に持った剣を大蛇の胴に向けて突き下ろす。
切っ先が鱗に当たり、そのまま押し込むと数センチだけ刃が食い込んだ。
痛みを感じた大蛇は胴を大きく揺らして、俺は剣から手を放して転がる。
転がりながらルームから出て、もう一本の剣を確保して大蛇の様子を見る。刺さっていた剣は抜けて床に落ちていた。
「当たり前だけどあれじゃ大ダメージならないよな。でもダメージは与えた。これで戦闘を行っているとみなされるはず。あとはダメージゼロでも攻撃して、弱るまでちょっかいをかけていればいいはず」
正解かどうかはわからないけど、倒せない以上はこうやるしかない。
出たり入ったりしているうちに、どんどん大蛇の動きが鈍くなり、そのうち動かなくなった。その状態でも目は開いていてこちらを威嚇している。
近づけは遅いなりに動いて噛みつこうとしてくる。それを避けて、ガンガン剣で叩いていく。
さらに時間が流れて、戦い始めて30分以上くらい経過して大蛇は攻撃をしても動かなくなった。思いっきり体重をかけて突いても反応はない。
「寝たかな? 念のためもう少しだけこのままにしてからルームごと消そう」
落ちている剣を回収して、ルームから出る。
体感で五分経過しても大蛇は動かない。
「よし。消すぞ」
ルームの消去を決めて、外の様子を見る。大蛇は放り出されていない。
「あとはレベルアップしているかどうか」
ステータスを見てみるとレベル5へと上昇していた。
すぐにルームをレベル3に上げる。
レベルを上げたことによってできることの幅が広がったとわかる。
生み出せる数が6つに増えて、温度幅や広さもこれまで以上になった。
そして求めていたものを得たことがわかる。
「賭けに勝ったぞ!」
すぐにルームを一つ生み出して、それに回復効果を付与した。
できるようになったのはルームに好きな効果を一つ付与させられるというものだ。付与した効果を上げるには技力を注ぐ必要があるともわかる。
ハスをタオルごと持ち上げて、回復ルームに移動する。
特別なものはない白い場所だ。でも心地よい雰囲気に包まれる感じがする。
ハスをそっと床に下ろす。
このままで毒が治療できるかわからないので、回復効果を上げようと残りの技力を全て注ぎ込んだ。
心地よい雰囲気が強化された感じがする。
大蛇戦での疲労があっという間になくなったのもわかる。
「ハスはどうなった?」
ハスは目を覚ましていないけど、顔色は良くなって、苦しそうな表情もなくなっていた。
「大丈夫とは断言できないけど、なんとかなりそうかな」
ほっとしたらここの心地よさもあって眠くなってきたわ。
横になって目を閉じるとあっという間に意識が落ちていく。
「起きろ。おーい、起きて説明してくれ」
頬をペチペチと叩かれる感触で目を覚ます。
顔の横に、座り込んで頬を叩くハスがいた。痛みも苦しみもないようで、元気な姿だ。
「よかった! 治ったのか!」
ほっとした気持ちで起き上がる。俺の体も異常は感じられなかった。
「ああ、毒の影響はどこにもない。すっかり治った」
「上手くいってよかった」
「それだ。いったいなにをした。我の知るかぎりでは毒の治療手段など持っておらんかっただろ。それにこの不思議な場所。スキルでなにかしたことくらいしかわからん」
心底不思議そうに俺を見てくる。
こうして回復ルームに連れてきて効果を受けたんだし、誤魔化すのは無理だろう。
「ハスの言うように俺には治療はできなかった。どうすればいいのか考えて、ルームの可能性に賭けることにしたんだ」
「可能性とな」
「このルームというスキルは想像次第でできることが増える。でもレベル2までだと色々とできるわけじゃなかったんだ。だからレベル3に上げたら、やれることが増えるんじゃないかと思って、大蛇と戦ってレベルを上げてスキルポイントを取得した。そのポイントを使ってルームのスキルレベルを上げたら、生み出せるルームに効果を一つ付与できるようになって、回復できるルームを作った」
「どこから突っ込めばいいのだ。我を助けるためにあの大蛇と戦ったのか」
「さすがに見殺しは気が引けた。それに脱出できる可能性も減るし」
「それでも強さにかなりの差があっただろうに」
どうやって戦ったのかを説明する。
「なるほど。蛇の魔物は寒さが弱点のものが多い。その環境を用意できるならチャンスはたしかにあるか」
ハスは考え込む様子を見せたあと、俺をじっと見てくる。
「話を聞いて思ったが、そのスキルはほかのスキルと比べると異質のように思える。どこがどう違うのか説明できんが、できることが幅広く、その規模も。もしかして」
#$6&%4kからのもらいものだとはわからないだろうし、どんな予想をしているんだろ。
ちょっと楽しみに思って続きを待つ。
「加護が関わっているのか」
「かご?」
「その様子だと違うようだな。加護とは神々が与えるものだ。人神魔神、それぞれ三柱の神々がたまに加護を与える。それはスキルという形で現れる。なにを隠そう我も前世はミーランケストの加護を与えられていたのだぞ」
「今は?」
そう聞くと俺から視線をそらす。そして若干小声で返してくる。
「妖精に生まれ変わったせいか失われておる」
(かーっ昔は持っていたんだけどな! 昔はすごかったんだけどな! というやつかな)
勇者に倒された魔王は本当にその加護を持っていたんだろうなー。
「加護じゃないよ。ここに来たとき一度死んだっぽいんだよ。そしてなんでか生き返ってこのスキルを得ていた」
もしかすると#$6&%4kの加護かもしれないけど。
「初めて聞いたぞ、そんなこと」
「俺だって初めてだ」
ここまで話したら隠さなくてもいいかもしれないけど、#$6&%4kという存在をこの世界の住人がどう思うかわからない。
神々がいるってことだし、それ以外の神のような存在は異端視されて、それに関わる俺も異端視されたら困る。
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