第3話 遺跡からの脱出 2

「追いつかれるっ……ん?」


 必死な顔で悲鳴を上げていた妖精が部屋の中で不思議そうな顔になった。


「は? なんだここは? 誰だお前は!?」


 緑色の瞳を細めて警戒した様子でこちらから距離をとって、壁に背をぶつける。


「ピンチみたいだったから助けたんだ。余計なことだったのなら外に出すけど」

「い、いや。外はまずい。このままでよい」


 妖精は床に降りて、ペタンと座りこんで大きく安堵の息を吐いている。背の四枚の薄羽もだらりと下げられていた。

 それを見ながら外の確認もする。大蝙蝠は妖精がどこかに隠れたと思っているようで、瓦礫に着地して周囲を見ている。妖精の髪は銀の長髪で陽光の下では目立ちそうだし、簡単に見つかると思っているんだろう。


(ちょうどいいし、部屋をもう一つ作って弱らせて消せるか試してみよう)


 気温をマイナス50度まで下げた部屋を生み出し、そこに大蝙蝠を入れる。技力は最初に作った部屋と同じように1だけ減った。

 その部屋の様子もここにいながらわかる。突然の変化に大蝙蝠は慌てたように飛び回り、壁や天井にぶつかっている。かなりの勢いでぶつかっているけど、部屋が壊れるようなことはない。

 弱るまで放置して、妖精に注意を戻す。


「そろそろ落ち着いた?」

「ああ、とりあえずは」

「魔物でも魔物に襲われるんだね」

「弱い魔物は餌でしかないからな」

「なんでこんなところに? ここらは強い魔物ばかりだろ。餌になるってわかってるだろうに」

「来たくて来たわけではない。我はここで生まれたのだ」

「なるほど。じゃあさっさと古代遺跡から脱出すればいいんじゃない?」

「それができれば苦労はせんよ。あちこちに我よりも強い魔物がいて、逃げ隠れするだけで一苦労だ。まったく我は魔王だぞ。それを理解できる知能はなくても、本能で恐れ敬うくらいは当然だろうに」


 魔王? 大蝙蝠に追いかけ回される姿を見たから、魔王なんて言われても疑問しかないよ。

 それにフォルトの知識だと魔王は20年くらい前に勇者たちに倒されている。

 魔王ごっこしている妖精なんだろう、たぶん。


「その顔は信じておらんな?」

「魔王なら大蝙蝠を追い払うくらい簡単だろうし、それができていない時点でちょっと」


 妖精はうぐっと呻く。


「し、仕方なかろう。復活してそこまで時間が経過していないから力が弱いうえに、以前は持っていたスキルも失っておるのだ」


 そういう設定かな?

 可愛い顔立ちなのに性格は残念なのかなー。


「我のことは話したぞ。次はそっちだ。お前は何者で、ここはなんだ? よく見ればお前もそこまで強くはないな? こんなところになんでいる」

「俺はフォルトっていう冒険者。ここは俺のスキルで作った部屋」

「スキル? このようなことができるスキルは初めて聞いたが。まあスキルも色々なものがあって、色々なことができるからな」

「ここにいるのは、大金が必要で一攫千金を目指して探索されていないところに足を踏み入れたら、転送の罠を踏んでしまった。魔物は強いし困っているところ」

「なにをやっているのだ」


 呆れた目で見られる。


「しかし困っているなら好都合かもしれんな。我と手を組まないか。我はここらの地理を知っているし、警戒や感知もできる。なにせ生き残るため斥候スキルを取得したからな! 我が先導して、危なくなったらここに逃げ込み危機をやり過ごす。そうして遺跡から脱出する。どうだ?」

「たしかにこちらにとってもその申し出はありがたい」

「では!」


 嬉しげな表情になったところ悪いけど、賛成するには不安もある。


「魔物と組むのってどうなのよ。ここぞってときに裏切られない? そっちも同じように裏切りを警戒するんじゃないの?」

「危機に陥ったときお主を囮にして、その場をどうにかできてもあとが続かぬ。せっかく得た遺跡から脱出できる機会をそんなことで不意にしたくはない。いや本当に遺跡での生活はきついのだ。飲み水や食べ物の確保もままならぬ。それらを得るのに命懸けだ」

「そんなにきついのか」

「断言しておく、お主が想像している何倍も困難だぞ」


 真剣な表情でこちらを見て言う。そのまっすぐな視線に嘘は感じられない。


「よくそんな場所で生き残れたね」

「必死だったのだ。かつては片手で捻ることができた相手に逃げることしかできず物陰で息を殺して縮まり、プライドを捨てて泥水を啜り、腐った木の実を口にしたこともある。いつまでもそんな生き方はしたくないのだ。先がないというのが簡単に想像できる」


 深い溜息とともに妖精は語る。

 魔王設定はそんな生活でも強く生きるためのものなのかな。かつては強者だったと思わないと心が折れてしまっていたのかもしれない。

 これを放り出すのはちょっとかわいそうだ。


「わかった、組もう」

「本当か!? 嘘ではあるまいな! 嘘だとしたら我の自然魔法が火を噴くぞ!」

「本当だとも」

「よし、よーし! これでもうひと踏ん張りすれば苦労せずにすむっ」


 本当に嬉しそうに万歳を繰り返している。

 話している間に大蝙蝠がどうなったのか見てみる。じょじょに体力を失っているようで動きに精彩がなくなっている。意識を失うのはもう少し先だろう。


「一度外に出て、荷物を回収してくる。そっちはなにか外に急ぎの用事はある?」

「ないが、我を追っていた大蝙蝠がまだいるのではないか? しつこいからなあれは」

「外を見た感じどこにもいないけど」


 もう一つの部屋に放り込んだことは、奥の手として隠しておこう。明かすのは信じられると確信してからだ。


「中にいながら外の様子も探れるのか。便利なものよのう。我はここにいるからさっさと行ってくるがよい。早く戻るのだぞ」

「そっちは外についてわからないのか?」

「さっぱりだ」


 部屋を生み出した俺しかわからないみたいだ。いずれ誰でも外の様子がわかる部屋とか生み出せるかな? 想像できたということは可能なんだろう。


「そういや名前はあるのか?」

「名前はないが、呼びかけるときに不便であるなら、そうだな……ハスと呼べばいい」


 ハス。植物からとったのかな。

 部屋から出て、落ちている剣と食料なんかが入ったリュックを拾う。

 剣は骨銅製だ。魔物の骨と銅の合金で、青銅に近い頑丈さを持つ。質が悪いものは青銅より安く、駆け出しにとってありがたい金属製武具だ。

 安いといってもフォルトは剣を買うだけで精一杯で、防具までは買えなかったみたいだ。

 半端な防具を買っていたとしても、ここらの魔物にとってはないも同然だろうけど。

 いつまでも外にいたら危ないし、さっさと部屋に戻る。


「おお、戻ったか! 無事でなによりだ」

「そんなおおげさな。少し外に出ただけだろ」

「おおげさなものか。遺跡は危険な場所なのだ。2年ここで暮らした我が言うのだから間違いない」


 2年も一人で過ごしていたんだなぁ。


「なにか食べる? 安っぽいものしかないけど」

「食べる!」


 乾パン、干しぶどう、干し肉くらいだ。

 リュックから出したそれらから妖精はまっさきに干し肉を選んだ。


「久々の肉だ!」

「妖精って果物を好みそうなイメージがあった」

「個人差だろう。我は肉を食べたかった。まああとでドライフルーツも食べるが。ここでは甘味も貴重だからな」


 ハスには大きな硬い肉に齧りついて、顔を顰めている。

 一度干し肉を口から放して、床に置く。その干し肉に片手をかざした。


「小さな炎」


 小さい手のひらから1センチほどの炎の玉が生じて、干し肉を炙っていく。


「自然魔法も使えるってさっきも言ってたな」

「うむ。便利だぞ。水がいつでも確保できるし、焼けば少々状態が悪いものでも食べられる」

「サバイバルに使ってるのか。戦いにも使えるんじゃ?」

「今の我では確実なダメージを与えるのは無理。反撃してきて生意気だと怒りを買うだけよ。それにほかの問題もあった」

「それは?」

「常に警戒しているから十分な休息がとれず、技力の回復に支障がでている。だから飲み水確保などに使ってしまえば攻撃などできなかった」


 なるほど。生存第一だったみたいだし、逆上させたり効かない攻撃なんて使わないわな。

 遺跡の魔物ではなく、草原とかにいる弱い魔物になら効くんだろうか。

 聞いてみると首を横に振られる。


「我自身がレベル1で自然魔法のスキルレベルも1。その程度ならば、そこまで大きな効果は期待できぬさ」


 炙るのを止めて、冷めるのを待ちながら返してくる。

 

「そっか。ところでそれ割いて小さくしようか?」

「頼む」

 

 ハスの小さな口だと食べにくいだろうということで、干し肉を指で割く。

 綺麗にやれたわけじゃないけど、さっきよりは小さくなったし食べやすいだろう。

 ハスに渡せば、すぐに口に放り込んで美味そうに表情を緩めた。

 しばし食事の時間が過ぎていく。ドライフルーツを食べたときは少女らしい緩んだ表情になっていた。

 食後に少し休みたいというハスの要求にしたがってひと眠りすることにする。

 なんの警戒もしないでいい環境にハスはとても嬉しそうで、俺のタオルを布団替わりにしてすぐに眠る。

 俺も荷物を枕にして外の様子を眺めたり、弱っている大蝙蝠を見る。

 外はたまに魔物が歩いているところが見えた。虎の魔物や鳥の魔物やムカデの魔物やスケルトンといったものがいた。たまにハスが襲われていたように、魔物と魔物が戦っている様子も見えた。


(強い魔物の牙や骨とかは十分売り物になるし、魔物が食い残したものを回収するのもいいな)


 近場にある新しそうな骨を探しながらたまに大蝙蝠の様子を見ていると、とうとう大蝙蝠が動くのを止めた。震えることもなく目も閉じられている。


(意識を失う直前とかそんな感じかな。もう少しだけ観察しよう)


 十分ほどかけて大蝙蝠を観察して、完全に意識を失ったと判断する。

 低温の部屋を消すとしっかり意識すると、低温の部屋が見えなくなった。

 外を見てみる。抵抗されたのなら大蝙蝠が放り出されているはず。

 

(大蝙蝠はどこにもいない。倒せたと見ていいのかな。ステータスの確認だ)


 ステータスを意識すると、3だったレベルが4に変化していた。スキルポイントも1増えている。

 今の状態だと倒せないものを倒したから上がったということでいいんだよな?

 また外にいる魔物を同じように倒したらレベルが上がるかな。魔物が近くまで来たら試してみよう。


(まずはルームのレベルをもう一つ上げよう)


 やろうとしてできなくて、首を傾げることになる。

 なんでだと思っていたら、フォルトの記憶が答えを示す。


(あ、同じものを続けて上げられないのか。スキルに関してほかに注意点はあるか?)


 記憶を探るといくつか該当する知識が浮かぶ。

 スキルレベルの上限は5。ステータスと同じようになんらかの条件をクリアすると5を超えるようだ。一般人は5までみたいだから、俺も6以上を目指すことはしないでいいだろう。

 スキルの取得は少しでもいいから、そのスキルに関した知識が必要らしい。


(俺は魔法に関した知識はないから、今の状態では取得不可。でもハスに自然魔法について講義を受けたら、取得可能なんだろうね)


 スキルはレベル3まではポイント消費だけで上がる。それ以上はその道のプロに指導を受ける必要がある。

 フォルトの認識だとレベル1は駆け出し。レベル2は一人前。レベル3で店を持てる。レベル4から一流。レベル5で超一流。レベル6以降は伝説といった感じだ。

 一般人が一流を目指そうとしたら誰かの指導が必要ということなんだろうし、指導という部分は納得だ。

 最後にスキルは鍛錬や勉強で、レベル0を取得する。これはさらに鍛錬や勉強を続けるとスキルポイントを消費せずにレベル1にできる。それ以上はポイントが必要ということだった。


(勉強で取得可能ってことは、フォルトに憑依する前の勉強は該当するのかな)


 そう意識するとスキルの項目に算術という文字が出現して、スキルレベルも0そして1へと上がった。

 高校までの勉強で十分条件を満たしたようだ。

 ほかに勉強したことも該当しないのかと思ったら、雑知識レベル0という感じでひとまとめになって出現した。


(こっちはレベル0のままなのか……たぶん地球とフィルゲンティの常識で差異があって、学んだことがそのまま当てはまらないこともあるということかな。算術は二つの世界で違いがないから、レベル1を取得したんだろう)


 そう予測して、スキルの注意点の確認を終える。


(スキルでなにを取得するか考えよ)


 上げるとしたら剣術。算術と文字の読み書きと家事は上げなくていいだろう。

 取得可能なものが一覧として現れてくれたら便利なんだけど、そういった便利機能はないみたいだ。

 俺自身の記憶やフォルトの記憶から取得できそうなスキルを探す。いくつかこれは取得できそうだとピンとくるものがあった。そういったヒントがあるのは助かる。

 

(ヒントが示したものの中から選ぶとして、どれを選ぶか)


 ただ興味があるものというだけのものは却下だ。今必要なものを選んだ方がいいだろう。

 必要としているものは危険な遺跡からの脱出。脱出に有利になるスキルはと悩んでいたら、わりと少なくない時間が流れたようで、ハスが起き出してきた。

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