第2話 遺跡からの脱出 1

 目を開く。

 見えたのは白い光景ではなく破損の激しい石畳だ。

 うつ伏せになっていたらしく、顔を上げるとぼろぼろの建物が目に入ってくる。

 原型をとどめていない建物もあり、どこまでも壊れた建物と石畳が続く。

 

「ここが古代遺跡?」


 出た声はこれまで聞きなれた自分のものではなくてびっくりする。

 そういや疑似人格が若い子の体に入るって言ってたな。

 手を見てみると、大きさが少し小さい気がする。次に自分の体を探って、これまでとの違い探しているとガラリとなにかが落ちる音が聞こえた。

 そちらに視線を向ける。3メートルを超す恐竜らしきものがいた。

 向こうは俺に気付いているようで、しっかりと視線をこっちに向けている。


「わあすごい、なんて言っている場合じゃない! 絶対やばい奴だ。逃げないとっ」


 刺激しないようにゆっくりと立ち上がり、視線を外さずに下がる。

 そして二歩下がったときに、凹みに足を取られて転んだ。


「なにやってんだ俺!?」


 隙だらけの俺を見た恐竜が口を開いて、こちらへと駆けてくる。よだれが地面に落ちていて、確実に餌として認識しているのがわかる。


「は、早く立たないと!」


 そう思って立ち上がろうとしても怖いことと慌てているせいか、上手く立ち上がれない。

 そうしている間にも恐竜との距離は詰まっている。

 どうにか立ち上がったけど、足ががくがくしていて逃げるにしてもすぐに追いつかれそうだ。どうすればいいと慌てたまま考えて、ルームのことを思い出した。

 すごい存在から与えられたものなんだから、どうにかできるはず!


「ルルルルーム!」


 感覚に従いルームを発動させると、50センチくらいまで迫っていた恐竜の顔が消えた。

 

「な、なんとかなった?」


 すとんとその場に腰をつく。

 そこには白い空間だけがある。どこまでも広がる空間ではなく、天井や壁や床がある。広さは八畳くらいだろう。窓はなく、電灯なんかもない。


「ここがルームの中か。外の様子ってわかるかな」


 ルームの外に意識を向けてみると、ぼんやりとだけど周囲の様子が見えた。乱視のようにぼやけている。

 俺に襲いかかってきた恐竜の姿らしきものが離れたところにある。俺が逃げたと思って探しているんだろうか? まだ外には出ない方がいいな。

 外を見るのをやめて、現状の確認をしてみることにした。


「たしか大きさとかの操作ができるんだっけ」


 疑似人格に聞いたことを試してみる。

 広さ、明るさ、気温の操作。それらを試してみよう。

 広がるように意識すると、どんどん広がっていき止まる。だいたい二階建て一軒家くらいの縦横高さくらいと思う。次に縮むように意識したら、入ったばかりのときと同じ広さに戻る。操作を繰り返すと、広さを変える速度は自在だとわかる。

 明るさと気温も操作して、聞いていた通りだと確認できた。


「あとは人の出入り。これはもうやってる。最後に、生み出したルームを消す。これって中にいる人間や物はどうなるんだろ。俺がいる状態で消したら、俺ごと消えたり? 自殺にしかならないし試すのはやめておこ」


 そう考えて、ふと思いついた。


「これってさっきの恐竜とか取り込んで消したら倒せんのかな」


 それが可能ならだいぶ楽ができるんだけど。

 ルームの基本操作に関わることだからか、答えは自分の中にあった。

 抵抗されると外に放り出されるみたいだ。家具とか武具とかそういった意思のないものは簡単に消せるけど、生物は難しいのかも。


(もしかすると寝ているときに取り込んですぐに消したらいける? そもそも取り込むこと自体は抵抗とかされないとしたら誘拐とか泥棒が簡単にできちゃうな)


 消すことに関しては抵抗されるという知識があるけど、入れることに関しては注意すべき知識がない。

 ということは悪事が簡単にできてしまう。

 この力を得た俺が暴走するところや誘惑に流されないように悩む姿を#$6&%4kは見たかったんだろうか?


(疑似人格は好きに生きていいって言っていたし、苦悩を求めているわけじゃないのかもな。本当に俺がどう生きていくか暇潰しに眺めたかっただけなんだろう)

 

 とりあえず悪事は止めておこう。そういった方向に使って俺自身が満足した生き方をできそうにないし。


「それにしてもこんな力を与えておいて、なくなっても気にならないってのはすごいな。疑似人格が褒めちぎってたわけだ。こんな力を簡単に与えたり、異世界へと移動させたり、蘇生を簡単にできるなら、そりゃ俺なんて玩具にするわな」


 #$6&%4kやルームについてはここまでにしといて、せっかく落ち着ける環境だし体について調べてみよう。

 身に着けているものは厚手の服とズボンと靴。剣も持っていたみたいだけど、外に置きっぱなしみたいだ。荷物も同じく。あとで回収しよう。服には10センチくらいの穴が開いている。血の汚れもついていて、これが死因なんだろう。

 次に俺が憑依する前のことを意識してみると、体の持ち主の経歴が頭に浮かぶ。

 名前はフォルト。ヒュマーで、古代遺跡には一攫千金狙いで来たみたいだ。


「ヒュマー?」


 疑問を抱くとすぐに答えが浮かぶ。人間には五つの種族があり、ヒュマーは黒の民と呼ばれる。ほかの四種族の混血で茶髪か黒髪、黒目が特徴。

 ほかの種族は赤の民マーグ、青の民センネス、黄の民デプター、緑の民マウテだそうだ。山や砂漠や海岸に住んでいたりするらしい。

 魔族にも三つの種族がいるみたいだ。角持ちローカー、羽持ちビグ、黒肌ゾウス。一番弱い小角のローカーでも一般人より強いみたいだ。

 あとは人型モンスターとの混血である亜人。言葉が通じるとごくまれに恋仲になったり、性欲発散のためだけに見た目の良いモンスターが捕まったり、その逆もあるみたいだ。


「ゲームとかだと魔族は強いし近寄らない方がいいんだろうな。一番弱い奴でも今の俺は負けそうだ。戦いの経験なんてないしなぁ」


 この体の強さはどれくらいなのかと強さを意識すると、脳裏にステータス画面が浮かんだ。

 名前の横にレベル3と書かれている。その下にステータスが並ぶ。

 筋力、速さ、器用、知恵、魔力、精神がすべて3と書かれていて、体力と技力という部分は13と書かれている。そして技力は12/13だ。

 技力は魔法とか技を使うために必要なものだ。ルームを生み出したから1減っているんだろう。

 その下にスキルという項目があって剣術1、読み書き1、家事1、ルーム1(特殊)と書かれている。さらに余りポイント1と一番下に書かれていた。


「あれ? フォルトの記憶だと速さと精神が4で、体力と技力は14だったはず。一度死んだことでペナルティで削られた?」


 3というのは一般人並みということだ。最大値は5で、長年鍛えてそこまで上げるらしい。

 それ以上にも上げられるみたいだけど、フォルトは上げられるということだけを知っていて方法までは知らないみたいだ。


「まあ3ですんでよかった。1とか2とかになっていたら目も当てられない」


 1は赤子の数値で、2は幼児の数値。

 そこまで数値が下がると、当然だけど手先が不器用になったり、力が足りず重い物を持ち運べなくなったり、記憶力が落ちたりする。

 そうならずにすんでよかったよ。


「当たり前だけどルーム以外のスキルはフォルトが取得したものだな。剣術は冒険者として必要ってわかるけど、読み書きと家事も?」


 なぜその二つなのかと思うと、関連した記憶が引っ張り出される。

 フォルトは幼い頃に両親をなくし、親戚に引き取ってもらった。そこで家族と変わらぬ扱いで育ててもらったみたいだ。

 そのことに感謝して、恩返ししたいと考えて色々なことを手伝えるようにその二つのスキルをとったということだった。


「いい子だ」


 でもなんで冒険者になったんだろう。そのまま恩返しのため手伝いをしていそうなものなのに。

 芋づる式に記憶が引っ張り出される。

 

「妹分が難病になってお金が必要になったのか。その金額は一般家庭だと大金で、一攫千金を目指して古代遺跡に来た。でも死んじゃったんだよな」


 死ぬまでの流れは、高価なものを求めて人の出入りのない深い部分を目指したら転送の罠を踏んで思った以上の奥地に移動してしまい、強い魔物に遭遇してなすすべもなく胴体を貫かれたというものらしい。

 最後まで家族のことを思い、悔いを残して死んだみたいだ。


「体をもらった礼として、お金はなんとかしてあげたくもあるんだけど今の俺には無理だ。ここから脱出するときになにか拾えたら、それを売って届けようか」


 ひとまず確認は終わったかな。どこの誰で、どんな目的で来たのかわかったし、知り合いにあっても答えられず怪しまれることはないはず。

 

「あとやることは……余っているポイントをルームに振っておこう。できることが増えそうだし」


 ルームにスキルポイントを振って、レベル2へと上げる。

 基本的なことでできることが増えたとわかる。応用は自分で考えろということなんだろう。

 生み出せるルームが三つに増えて、より広くできる。だいたい一軒家が9軒くらいの広さだろう。温度も上は100度、下はマイナス50度まで変化可能。外の様子も鮮明にわかるようになる。

 魔物を極寒のルームか高温のルームに入れて放置すれば意識を失って、ルームごと楽に消せそうだ。

 さらにルームの複製が可能になった。複製した場合、ルームの中に置いてあるものも複製される。

 

「複製にはより多く技力が消費されるということらしいけど、これさえあれば高価な代物や財布を増やしたい放題じゃん。フォルトの問題解決したな」


 財布を複製して回収して、増えた財布をまた複製すればいい。

 といっても今の俺の手持ちはほとんどゼロらしいから、なにや売れるものを拾って元手を増やしてからやった方が効率はよさそうだ。


「さすがすごい存在からもらったスキル。一つレベルを上げるだけで、やれることがいっきに増えた。もっとレベルを上げたらなにができるようになるんだろ。想像次第ってことだし、無茶なこともできそうだ」


 楽しみだなと思いつつ、外の確認をする。

 俺がルームに入ったところを中心に、俺自身の目で確認できる範囲が360度確認できる。

 目立ったところに魔物の姿はなく、フォルトの荷物が転がっている。

 物陰とかに魔物がいないかとしっかり確認していたら、大きな声が聞こえてきた。


「追ってくるでない! 美味くなんてないぞ!」


 口調は硬いが少女の声で、その声のした方向へと視線を向ける。

 そこには羽の生えた小さな少女、妖精と呼ばれる魔物が人より大きな蝙蝠に追いかけられていた。妖精の方は20センチから30センチくらいの大きさだ。もとは白いけど、今はひどく汚れたぼろいワンピースを着ている。腰までの長い銀髪も汚れからかくすんでしまっている。


「おっと、危ないではないか! 我を食ったところでなににもならんぞ! 我を誰だと思っている! おい、話を聞け! いや本当に聞いてよ!」


 大蝙蝠の方が速いけど、旋回力は妖精の方が優れていて追いつかれそうになるたび避けている。

 距離は40メートルくらい離れているかな。


「助けたら感謝してくれてモテの第一歩になるか? まあ敵対してきたら外に放り出せばいいか」


 それじゃ中へ入れようと思ってみたけど、反応がない。もう一回やってみたけどやはり無理だった。


「……もしかして距離がありすぎる?」

 

 なんとなくそう思い、妖精が近づいてくるのを待つ。

 幸い妖精はこちらに向かってきているから、俺が外に出て迎えにいかなくてもよさそうだ。

 20メートルくらいまで距離が縮まってからもう一度試してみても無理で、10メートルと少しくらいになるとようやく入れることができた。

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