モテたい男の不思議部屋

赤雪トナ

第1話 まだ移動中

「喜べ、俺を楽しませる栄誉を与える」


 勘違いで刺されて死んだはずの俺の目の前に男がいる。

 外国人のような彫りの深い見た目で流暢な日本語を話しているけど、なにを言っているのかわからない。

 人間とは思えない存在感と同じ人間を見ているとは思えない冷めきった目のせいで、この男は人外なのだと説明されたら簡単に納得できる。


「あんたは誰だ?」


 俺なんて簡単に消し飛びそうな存在感を放つ男を前にして、この短い疑問を聞くだけでかなり疲れる。

 

「ほう、俺を前にして口を開けるか」


 少しだけ俺を見る目に感情がこもる。

 親しみなんてないし、ゴミを見るような目はまったく変わってない。

 単純に驚いただけなんだろう。それだけ口を開いたのがすごいことなのか。


「だが言葉を交わすのも面倒だ。自分で確認しろ。では行け。長く派手に踊ってくれよ?」


 男が右手を振ると白い光が押し寄せてきて俺をどこかへと押し流す。

 視界が真っ白になって男の姿も気配もはるか彼方に離れていった。

 なにがなんだかわからないけど、正直あれから離れることができてほっとしている自分がいる。

 あれは俺を簡単に消すことができる。体を動かさず、そう思うだけで消せる。

 根拠はないけど、そう思えるだけの凄みがあった。


「結局、なにがどうなっているんだ」


 流されながらそんなことを口に出すと、脳裏にぽんと俺の思考ではないなにかが思い浮かぶ。


『返答。あなたは#$6&%4kに選ばれました。地球の日本で殺されたあなたの魂は輪廻の流れに加わる途中で#$6&%4kの目に止まり、無聊を慰める役割を与えられました。現在は地球ではない世界フィルゲンティへと移動している途中です』


 ふぁ!? なんだこれ!?

 この疑問にも答えが思い浮かぶ。


『返答。あなたがフィルゲンティに到着するまで疑問に答える疑似人格です』


 自分で確認しろとか言っていたのはこれのことか。

 そう思ったら、次々と疑問が思い浮かぶ。


『返答。#$6&%4kとは至高、最上、尊きもの、あらゆるものの上に立つもの。返答。あなたでは#$6&%4kの名を認識不可能。返答。日本への帰還は不可能です。返答。罵倒に意味はありません。返答。泣き言に意味はありません。返答。やるべきことはありません。好きに生き、好きに死ぬ。その過程で#$6&%4kを楽しませてください』


 ぐちゃぐちゃな思考の中で、罵倒も泣き言も思い浮かんだ。

 それらにすら冷静に返されると、こちらも少しは落ち着いてくる。 


「フィルゲンティってどんなところだ」

『返答。巨大大陸ランドロアに人間と魔族と魔物がいて、長く争いあっている世界』


 世界地図のようなものが頭に思い浮かぶ。

 二つの大陸がくっついた形だ。

 ひらがなの「つ」に近い形をした形で左側の大陸に魔族が多く、右の大陸側に人間が多いとわかる。

 人間と魔物の支配地域に接する部分は狭まっていて、陸路を通ってたがいの大陸に攻め入ろうとすればそこを必ず通る必要がある。


「そんなところに行ったって俺がなにをできるわけじゃないだろう。魔族や魔物なんて地球にいなかったんだぞ。すぐに死ぬ可能性だってある。#$6&%4kを楽しませるっていう目的を果たせなければどうなる?」

『返答。#$6&%4kにより一つの力が与えられています。それを使用し生きてください。#$6&%4kに与えられた役割を果たせない場合にペナルティはありません。次のなにものかが役割を負うだけです』


 わかっちゃいたが、#$6&%4kにとって俺は使い捨ての玩具みたいなものなんだな。

 どう生きたところでペナルティがないのは助かる。


「でもあっさりと死んだら、俺に与えた力も消えちゃうんだろうしもったいないと思うんだけど」

『返答。与えた力は#$6&%4kにとって、とても小さいもの。消えたところで気にしません』

「そうなのか。ところで与えられた力ってなんだ?」

『返答。名称ルーム。様々な部屋を異空間に作り出す力。想像次第で幅広い効果が望めるでしょう』

「幅広い効果って?」

『返答。返答不可。ここでの返答はルームの方向性を決めてしまう可能性があり、答えられなくなっています』


 たしかにこんなことやあんなことができると答えられたら、それをもとにして考えていくだろうな。

 想像次第と言っていたし、かなり無茶もきくと思っていた方がやれることの幅が広がりそうだ。


「向こうについたらすぐにそれは使える?」

『返答。使用可能。ですが鍛えなければやれることは少ないです。最初にできることは部屋を一つ生み出すこと。広さ、明るさ、気温の操作。自分と他者の出入り。そして部屋を消す』


 広さは八畳から五十畳。明るさは昼と夜で、眩しすぎず暗すぎず。気温もマイナス20度から40度までだそうだ。

 部屋の生み出し方や操作について聞くと、感覚的にわかると返答される。

 

「鍛える方法は? 何度もルームを生み出していればいいのか?」

『返答。レベルアップでポイントを取得。そのポイントを使用し、ルームを強化。強化は五段階。段階が上がるほどできることの幅が広がり、生み出せる部屋の数も増えていきます』

「レベルアップなんてあんの!? ゲームみたいな世界なのか!?」

『返答。該当するものとしてTRPGのシステムが近いと思われます』


 普通のゲームならやったことあるけど、TRPGは動画で見たことがあるくらいだ。

 魔物を倒せば簡単にレベルアップするようなシステムじゃなかったよな。なにか事件を解決して、そのリザルトとして経験値がもらえてレベルアップしていたはず。


『返答。魔物から得られる経験値もあります。ですが事件解決や困難の突破や偉業を成すことで得られる経験値の方が多いです』


 魔物を倒し続けても経験値は手に入るのか。弱い魔物を倒し続けていけばなんとかなるか?


『返答。自分より弱い魔物を倒しても経験値は少ないです。そのうちにゼロになります』


 そんな甘くはないか。ちなみにレベルアップに上限はあるんだろうか。

 返答によると、上限はないそうだ。一般人や鍛えている人のレベルはどうなっているんだろ。


『返答。生物は生まれつきレベル1。一般人は成人までに手に入る経験値でレベル2になります。村を守る自警団はレベル5程度まで鍛えます。大国で一番強い騎士はおおよそレベル15』


 きちんとした指導を受けて鍛錬してそうな騎士でレベル15か。レベル10を超えるのも割と大変そうだ。


「ポイントはレベルアップするたびにいくら手に入る?」

『ポイントは生まれつき2ポイントを誰でも所有しており、レベル5までは1ポイントずつ入手。その後は7と9と11と13と15という間隔で1ポイント。18と21と24と27と30で1ポイント入手というふうに間隔が空いていきます』


 さっき例に出た騎士で言うと手に入れているポイントは11。

 大量に手に入るわけじゃないからポイントの使い方は大事だな。俺はルームに使うことが決まっているし、なおさら残ったポイントの使い道は大事だろう。

 使ったポイントは振り直しできるのかという疑問には、無理だと返答があった。


『注意。そろそろフィルゲンティに到着。質問は一つに絞ってください』


 あと一つ? なにを聞こう。まだまだ聞きたいことがあるのに。

 いろいろと悩んで一つに絞る。


「俺はフィルゲンティのどこにどんなふうに出現する?」


 赤ん坊から始まるのか、それとも死ぬ直前の姿なのか。最悪人間以外の姿ということもありえる。


『返答。あなたは古代遺跡で死んだ若い冒険者の体に入ります。15歳の男のものです。魂が体に入った時点で怪我は治療され、問題なく動くことができます。彼の知識も所有できるためフィルゲンティの一般常識に困ることはありません。以上で質問を打ち切ります。新たな人生をお楽しみください』


 そう言って疑似人格は消えていった、話しかけても返答が思い浮かぶことはない。

 

「楽しめって言ったって不安しかねえよ。それでもどんなふうに生きたいかと言われれば……」


 日本にいた頃を思い返す。

 大学に入るまで普通の人生だった。

 でも大学に入ってできた友人、いやあれを友人とは言いたくないな。思い出すのも不快でしかない。

 あれに騙された俺の自業自得と言われたらそれまでなんだけど。

 あれに騙されて、詐欺の片棒を担ぐことになり、警察に詐欺がばれて俺たちは刑務所に入れられた。

 取り調べで俺も騙されたと判明したおかげで、刑期は短くなった。

 でも五年という刑期を終えて世間に戻ると、俺は当然退学扱いで、家族も縁を切っていた。

 就職も難しくて、なんとか役所の補助を受けつつ職を探して、見つけることができた。

 そしてその職場に向かっている途中で殺された。何度も刺すという念の入りようだ。

 薄れゆく意識の中で犯人の声を聞いていると、俺が片棒を担いだ詐欺の被害者で、俺のことを主犯と思っていたようだった。

 倒れた俺を見て悲鳴を上げる人、救急車を呼ぶ人、写真を撮る人、犯人を取り押さえる人。いろいろな人がいた。

 そんな人たちの中に家族連れや恋人と一緒の人がいた。職を探しているときもそういった人たちは見かけた。互いに笑みを交わし幸せそうだと思ったものだ。

 詐欺の片棒を担がずに、普通に過ごせていれば俺もあんなふうに幸せな人生を送れたのだろう。

 羨ましい、俺も幸せになりたい。

 

「……そうだな。モテるのが目的ということでいいか。モテてパートナーを得て幸せな人生を送る。それがやりたいことだ」


 幸せになるところを#$6&%4kに見せつけてやろう。幸せになった俺を見てうんざりでもしてくれたら、玩具扱いした意趣返しになるはずだ。

 視界だけではなく、意識も白く染まっていく。そろそろ到着らしい。

 幸せになるぞと誓うと同時に意識が完全に途絶えた。


『あとがき』

新しく始めました。今作もよろしくお願いします

二話は18時更新です

一ヶ月間、毎日更新の予定です

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