第72話.どちらがいいの?
「それから、こちら。ウェイバー婦人から申し付かりまして。私の服ですが、よかったら使ってください。少し大きいかもしれませんが」
リタが差し出しているのは、外出着と思われる服だった。
襟元のレースにスカートの刺繍。
きっとリタの特別な服。お休みの時のデートとか。
リュクスは自分の服を見下ろす。
お産の時はニルヴァーナの厚手のワンピースにウェイバー婦人から借りたエプロンだった。
今は日本で来ていたブラウスとスカートに着替えた。
あちらではそれなりに“ちゃんとした”格好。けれど旅路では目立つと思う。正直、タイトスカートで馬には乗りたくない。
どこかで服を調達したいと思っていたけれど、リタの服を貰うことはできない。
「ありがとう。でもこんな素敵なものは頂けない。旅にでるから、あなたがもう着なくなったものと交換してくれたら嬉しい」
「さすがにそれは、無理です!!」
リタがリュクスの服を見て悲鳴をあげる。
その目線は、リュクスのひざ丈のスカート。こちらではくるぶしまで隠すスカートが多いので、たぶん、膝を出すという行為を無理と言ったのじゃないかな。
「――そんな立派なご衣裳は頂けません。それに、私のは古すぎて」
リュクスの服は拒否されてしまった。
こちらではレースはそれなりに高級品。でもこの服は大量生産の既製品だからアウトレットで五千円ぐらいなのだけど。
正直、このくらいなら汚れるのを覚悟するしかない。どこかの市場で手に入れればいいか、と思う。
「じゃあ、私のドレスはどうかしら?」
「お嬢様のドレスでは少し旅をするには向いていないかと」
エイミが言い出すと、リタは否定する、エイミの格好はドレス。ズロワースに胸元はレース、パフスリーブの袖。
おまけにスカートはふわりとしたドレスで黄色。彼女にとっては普段着でも良家のお嬢様用。余計に動きにくい。
望むのはパンツだけど、この世界では女性がパンツをはいている方が少ない。
「それとも、私のまだ着ていないのをリタにあげるわ。だからリタがそれをあげたら?」
二人で考え込む様子にリュクスは笑ってしまった。
「ありがとう。大丈夫、どこかで見繕うから」
「そうだ!」
エイミが身を乗り出す。
「出入りの商人に仕立てさせるわ。そしてあの二人の男性達に買ってもらえばいいのよ。ねえ、ティアナはどちらが好きなの?」
「え。いや、別に」
リタはお嬢様、と窘めているがエイミは楽しそうだ。
「みんな、私たちと違う色だわ? 子どもはどの色彩になるのかしら?」
「お嬢様!」
リタが少し語調を強める。それでエイミも口を閉ざす。立ち入るにはナイーブな質問だからだろう。
でもリュクスはそれを不快に思わなかった。この
混ざったり別の色が産まれることはない。
あちらの世界では多彩な子どもが産まれる。でも伝えてもそれは不思議がられるだけ。だからリュクスも曖昧に首を振った。
「わからないわ。……というより、二人とは別に――」
何でもない、と言いかけてやめた。
そう言えばどちらかと結婚しているという設定だから、狙われないで済んでいる。
下手なことは言ってはいけない。
息をついた時、向こうから二人の姿が現れた。
「どちらもハンサムね。ウィルはとても陽気で楽しいわね、カーシュは格好いいけど、少し怖いわ」
「お嬢様はしたないです」
「でもアンドリュー様ほどではないわ。って、本当にはしたないわ、ごめんなさい。私の婚約者よ」
エイミは無邪気に笑うからリュクスにも嫌みには聞こえない。好きな相手が婚約者、というのは幸せなこと。微笑ましく見送る。
「何の話?」
「いいえ、なんでもない」
「女の子の話よ。ティアナをよろしくね、ありがとう」
「本当にありがとうございます」
リタとエイミが去っていく。ウィルは眩し気に目を細めて笑って、見送った。
それは若い少女たちを微笑ましく見ている大人の目だ。
「済んだのか?」
カーシュはいつも通り声は平静。怖いって言われてたわよ、とでも言ってやろうか。
「あなたたち、眠っていないでしょ? 少しは休んだら」
「だから、こういうのは慣れてるって」
平気だっていうウィルにリュクスは考えて、二人を外へと誘う。
「っていうか、すごいよな。よく今回の引き受けたよな」
なんのこと、と無言でいるとウィルは追加する。
「嫌な思いをした街で……は、アンタなら受けると思う。でも、うまくいかない可能性の方が高かった。――死を引き受ける覚悟があったってこと?」
ウィルの最後のセリフは少し声が低く、鋭く突っ込まれている。
重い言葉。軽く答えるわけにはいかない。
専門家としての自分の価値観、判断力を問う質問。何となくでは答えられない。茶化されているわけではない、その覚悟はあったのかと問われている。
「――自分でできるかどうかの見極めはしてる」
一拍置いて、リュクスは答えた。
――魔法は失敗しない、アレスティア墜落の前はそう思っていた。
けれど自分は失敗した。”絶対はない”と知った。
そしてお産の時は――
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