第42話.飛び散る魔物


 ――彼らが返事をする前に、誓約が結ばれた。神域の空間がほどけ、現実に戻される。


 リュクスの中で、魔力の置き場所である心が紐のような輪で包まれ、どこかへ伸びて引っ張られる感じがした。


 ううん、最初から自分の魔力は結ばれていたのに、その先が行方不明だっただけ。その先は暗闇だったのに、今光が見えて結ばれたのが見えた。


(……なぜ、既に結ばれていたの?)


 弱い拘束だったから、これまで気づかなかった。それとも過去に誰かと結び合っていたのに切れたのだろうか。わからないとリュクスは首をふった。


 結ばれる時に見えたカーシュの魔力は青みを帯びていて、それの中に巨大な影の揺らぎがある。


(彼は、魔力の中に何かを飼っている)


 それを御している、いや、時々それが暴れようとして揺らぎ、波打っている。


(化け物か。彼自身の心の闇なのか)


 それはわからない。 

 波が揺れれば紐がたゆむ。繋がりが弱まる。まだ強く結ばれていない気もする。


 それに、自分の心はもう一つ縛る紐があり、それも先が切れて闇に沈んでいる。これは――ユーナだ。


 二重に契約をしている。


 カーシュと結んだ誓約セルモンは、神を立会に双方で交わすもの。彼からの一方的なものではない。リュクスにも負担がある。

 その上、自分はユーナに誓いゲッシュを捧げている。捧げ先のユーナはいなくて、自分からの一方通行のものだけど、心が縛られているのは同じ。


 意識すれば痛みを覚え、胸に手をやり押さえる。二つも結んで、負担がないわけがない。それにどんなに慕っている相手でも契約は苦しいものだ。

 

「どういう意味だ?」


 カーシュは誓約が結ばれたのを喜ぶよりも、むしろリュクスの不穏な言葉に眉をよせ警戒をみせた。威圧を込めた眼差しで問いかけ、リュクスは意識を内から外へと向けた。


 もう彼の魔力は見えない。本来他人の魔力の置き場は見えないもの。心を、魔力を繋いだから瞬間的に見えただけだ。


「――顔色が悪い、どうした」

 

 カーシュが顔を覗き込み、リュクスが胸を押さえていた手に気づいて触れようとする。それを押し遣り「平気」と呟いて、彼のもう一つの問いに答えていないことを思い出す。


 「そのままの意味」とだけ言って首をふった。

 カーシュは納得していない、口を開きなおも問いかけようとしたのを、頑なに拒否をし、目を閉じて痛みを堪えるリュクスを見て一旦は引いたようだ。


 リュクスを凝視していたウィルの視線も痛い。

 けれど彼は、すぐに目を逸らし周囲を見渡す。


「なんかもう、言いたいことは山ほどあるけど。炎、消すぞ」

「必要ない」


 カーシュが立ち上がる。その前にリュクスの背から丁寧に手を抜き、崩れた壁にもたれかけさせたので、薄目をあける。

 

 いきなり怪物たちが全てはじけた。肉片と血しぶきが飛んで、人々の恐怖の悲鳴が響き渡る。

 魔物に襲われた時よりも、大きな叫びだった。


 肉片の雨が広場にふってくる。

 カーシュは既に魔物に背を向け、リュクスを抱き上げる。肉片を被らないように、胸に引き寄せ、歩き始める。


「まだ、顔色が悪いな。汗をかいている」


 額に手を当て、わずかに案じる顔で覗き込んでくる。

 彼の背越しに肉片の雨を見て、リュクスは呆然とする。


(自分への態度と……違いすぎる)


 立ち上がる前の丁寧な手つき、魔物への容赦のなさ、そして人間への冷たい態度。


 肉片から飛び退すさったウィルが、カーシュに後ろから抗議している。

 カーシュが何もしていなくても肉片に炎が灯り、空中で焼かれていく。黒い煙と魔物が焼ける異臭が広場に充満する。

 

 魔物以上の凶悪な所業をする黒い悪魔に、人々が叫んで建物へと逃げていった。

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