第49話.師団命令

「どう思う?」


 建付けの悪いもうひとつの小部屋のなか、現代よりも一回り小さなシングルベッドを背にして、二人の男が向き合っていた。


 彼女は自室に閉じこもってしまった。明日には出て行けといわれているけれど、そうなっても影ながら守ることはできるからいい。


 ただ、これまでの話で、さらに謎が深まった。

 そして、ウィルとカーシュの間では、情報交換がなされていない。


「何がだ」

ティアリュクスの能力」


 本人が受け入れていないから、そう呼んではいないけど、すでにその名は確証している。


 ウィルがその名で呼んだことには特に異論はないようで、カーシュは夜色の瞳をちらりと彼女の部屋に向ける。会話が聞かれるのを気にしているわけじゃなく、単に様子が気になっているのだろう。


 一切他人に興味を持たず、感情を見せず団長の影だったカーシュの変貌は何なのか。


 彼が団長の妻のリディアに執着に似た何かの感情を持っていたのも知っている。だが、それはボスのパートナーとして認めた上だ。彼女を団長から奪う、などはあり得ない。


 だけど、その娘にいきなり求婚とかぶっ飛びすぎていて、よくわからなすぎる。正直、そこには触れたくない。


 が、この短期間で自分もティアナを気に入ってしまった。それは恋愛感情というよりもほっとけない構いたくなる妹、みたいなもの。


 リディアの娘とか関係なく、カーシュを含めて本気で手をだしたり、傷つける男は排除する気だった。


(いや、カーシュは本気だ……)


 カーシュは、白黒がはっきりしている。敵ならば瞬殺。部下には絶対服従を要求。話さないと決めたら話さない。

 恐らく、手に入れると言ったら絶対手に入れる。死んでも守る、と言うならば、死を迎えても守るのだろう。


 だとすると……ティアナは逃れられない、コイツから。


(結構、やっかいなやつだからな)


 好かれたくない部類の奴だ。好かれたら面倒この上ない、たぶん。


 そう思っているウィルをよそに、カーシュはティアナの能力を解説する。珍しく考えを読まれていないことに安堵した。


「――あれは、召喚士の力だ」

「召喚士?」


 怪訝そうなウィルに、カーシュはあまり気がのらない様子で説明する。召喚士というものは過去に存在していたようだが、現在は聞いたことがない。


あの人団長は召喚士だというのは感づいていたか?」

「なんとなく、っていうかリディアが教えてくれた」


 昔、リディアがまだ団長と付き合っていなかった頃に、「彼は召喚士だと“思う”」と言っていたのを思い出す。


 魔法師は、自分の特殊能力は話さない。力ある存在になればなるほど秘匿する。だから予想、だったのだろうけど。


「召喚士は謎の存在だ。分類にもないし、能力も明かされていない。本来自己申告するものでもない。が、恐らく次元を超えて召喚する能力、次元を行き来する能力、そして召喚したモノを服従させる能力、などがあるのだろう。団長は、魔族を従えていた」

「なるほどな」


 そういえば、魔界の住民を呼んでいたことを思い出す。


「彼女は、次元を行き来する能力が発動して異世界に来てしまった。そして、魔力のあるものに過剰な好意を持たれるのも、その能力のせいだ。次元干渉と自身への好意変換――本来は、あの人を師として制御を学ぶはず、だった」

「そうか」


 “自分を嫌いになれ”それが、彼女が独自で築いた対処法。もし身近に、親に、違う方法を教えてもらえれば、それが悪い能力じゃないと教えてもらえれば、違った人生になれただろう。あまりにも悲しい。


(自分も、力を持て余してたからな)


 能力が大きすぎて、学校で持て余されていた自分を思い出す。それを導いてくれたのは、教師だった彼女の母親のリディアだ。

 自分はそしてリディアを好きになった。めちゃくちゃ好きで、どんなに次の”彼女”ができても忘れられなかった。

 そして、そういうものだと割り切って、生きてくことにした。

 その気持ちを持ったまま次へと進んだ。

 

 だからこその、罰、なのだろうか。


(いや。罰を受けるべきは俺だし。それじゃあっちがわりにあわねーよな)


 ウィルはその思考を追い払う、今はそれどころじゃない。


「なあ。ティアは、子どものころは全く魔力がなかった。だから俺たちはティアの魔力を特定することができなくて探せなかった。けど今は相当な魔力がある。それは召喚士の力か?」


 魔力があれば魔力波というものが放出される、それは指紋や声紋のような特有なもの。それがわかっていれば、ずいぶん探しやすかったのだ。


 カーシュは眉をひそめた。ウィルは続ける。


「子どもの頃、よく魔獣になる前の悪い念みたいなのに狙われてたみたいだ。団長とかティアの兄貴のレオンが守ってた。そしてこの世界でも、魔獣じゃない古い思念みたいなものに襲われていたと言っていた」

「――魔力がなかった理由は団長からは聞いていない。当然こちらで習得した理由も不明だ。ただ、別世界に行くと開花する場合もある」


 ウィルが黙っていると、カーシュは黙々と伝える。


「魔力を放出する眠っていた器官が活発化する場合もある。例えるならば、生き延びるため本能が呼び起こされたということ」

「生き延びるため」


 この世界で一人で、生き延びるためにティアの本能が呼び覚まされた。どうして元の世界ではなかったのに、こちらでは強大な魔力を得たのか。完全な説明にはならないが、一つの仮説にはなる。

 

 自分が好きだったリディアの娘で、赤ん坊の時にカワイーと思い、今そうやって必死に感情を張りつめて生きている彼女を見ると、少し感傷的にはなるが、そんなものを自分が抱いても、しょーもない。

 辛かったのはティアだ。所詮、どうしようもない自分の同情だ。


 そして、とカーシュは続ける。コイツがここまで口を開くのは珍しい。


「――召喚士は、器になりやすい」

「は?」

「呼びよせる、それは魅力があるからだ。もともと取り憑かれやすいのかもしれない」


 霊能者、みたいなものを想像してしまう。


「それって、やばいんじゃねーの?」

「……だから契約を結んだ」


 ウィルもムッとしてカーシュに向き直る。常に暗躍している彼は任務を秘匿しているが、話してもらわないとこっちも動きを阻まれる。


「お前、ティアナが産まれてからは会ってないだろ。ていうかリディアが団長と結婚してからずっとこっちにいなかったじゃないか」


 まるで避けるかのようにどこかに行ってしまっていた。突如帰ってきたのは、ティアナたちが攫われてからだ。


「アレスティアにいた時に会った。そう説明したはず」

「え、ちょっと待てよ。ティアがこっちの世界にいたのは六年前だろ」


 過去のアレスティアで会った、というならば。


「アンタは、アレスティアから来た人間なのか?」


 そしてグレイスランドの魔法師になった。そういうことか?

 答えないカーシュ、これも正解か?


「なあ、いつまでここにいたんだ?」

「アレスティア墜落を見届けた。というより、墜落は団長の指示だ」

「え、あ、え?」


 アレスティア帝国は空に城を持つ伝説の存在だ。そのおとぎ話では千年前と言われていたが、ティアナが見つかって、五百年前に現存していたと修正された。


 とはいえ、わかったのが謎の墜落をとげたということ、現在でもその落城地は不明。その遥かひとつの時代の終焉が、団長の指示!?


「お前、何を言って……というか、お前がやったのか?」


 じゃあ、いつアレスティアからグレイスランドに来て団員になって、また戻ったのか?

 なんで伝説の存在に団長やお前が関わってんのか? 


「やってはいない、見届けた。ただそれで彼女を苦しませた。もう苦しませたくない」


 何が何だかわからない。自分は馬鹿ではない、理解力は早い。

 できないのは、情報が足りないのと通常の理由では辻褄が合わないからだ。


「アンタは、団長のシャドウだ。だから俺が知らない情報もいくらだってある。でも嫁とかは……その罪悪感からでたとかじゃないだろうな」


 ならば、ぶん殴る。

 みているとカーシュは黙り、無表情で何かを考えたように首をふる。


「これ以上、お前に話す必要はない」


 そしてウィルを見据える。 


「第一師団――ウィル・ダーリング、お前に団長からの指示を与える」


 ウィルは居住まいをただした。反射的に背筋が伸び、足を合わせる。

 深みのある琥珀色の目でカーシュの目を見据える。


「アレスティアの再興を阻止せよ。二度と浮上できないよう破壊行動を行う。これはSSS級秘匿案件だ。そして、これより俺がA案件特別任務総括指揮を執る。いいな」


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