第50話.一国の本懐


「返事は?」


 目を見開いて反応が遅れる。

 いつもならば瞬時に理解し復唱する。だがそれができなかった。理不尽な命も多い、けれど今回は団長の思惑が見えない。


「復活させなきゃティアは罪悪感を覚えたままだ。叶えてやって連れ戻す。それじゃいけないのか?」

「――できない。阻止しない限り、彼女は聖女を召喚しアレスティア再興を行う」

「せめて、やらせてやれよ。出来なきゃ仕方がない。でも俺らが阻止行動をするってなんだよ!」


 頭の一方では、理解していた。たぶん、アレスティアは史実のままに幻の国にしてやんなきゃいけないって。でも、そんな国はないと告げた時のティアの表情が忘れられない。


 呆然として、泣きそうだった。でも泣かなかった。あの子は泣くのをやめた子だ。愕然として、それから眉を寄せて唇を引き結んだ。


 目の前にいる自分から視線をずらし落とす。拳を見つめて自分の責任だと己に言い聞かせて、決意した。


「復興しようと再度自分の失敗を取り直そうとしてんだよ、それを阻んで落として。それで無理やり連れ帰った先は、自分を助けてくれなかった故郷かよ。ティアの気持ちは……どうすんだ!!」


 アレスティアの再浮上を自分の責務だと追い詰められている、それを阻止しろ、というのか。


「確かに時間はねーよ、早く連れ帰らないと戻れなくなる可能性がある」


 それを最初は自分も危惧していた。目を眇めるカーシュに言い募る。


「リディアだって、今も不明だ。妊娠してたんだ、子供と一緒にどうなってるかわからない。早く場所を確定して、一刻も早くこっちに連れ戻したい」


 妊娠している状態がどんなに不安定か。次元を超えた時、胎児は無事でいる可能性も低いと探索隊から告げられた。その際は、母体だって危険にさらされる。


 団長は何も言わなかった、無表情で淡々とこれまで通りリディアとティアを細かく細かく息をするのを忘れたように、探索を続けるのみだった。

 でも、ティアナは生きていた。ならば、リディアだって生きている可能性にかけている。


 そしてティアナを見つけた。だけど、彼女にだってその世界で生きてきた人生がある。

 それは、一つの国を落としてしまったという衝撃的な罪。自分ならば抱えて生きられない。


 その罪を償える機会、それを復興させろと迫られているならば、ティアナは逃げないだろう。だから、それを叶えさせてやってから連れ出したい。


「ティアナ・マクウェル一個人の気持ちは関係ない。アレスティアが再興すれば、俺たちのグレイスランド国は生まれない、俺たちも存在しなくなる」


 感情的になっていた気持ちが冷めていく。コイツはいつも冷静で冷徹だ。でもティアナのことになると感情を乱す。それなのにメイとなると感情を消し、それを押し殺し優先させることができる。


 彼女の望みは無視して、どんなこともやるだろう。


「……お前、ティアナに求婚、してなかったか?」

「あれは、俺の私的な感情。任務とは別物」

「どうしたってティアを傷つける。まさか守護するふりして、いざとなってアレスティアを破壊して、あとは攫って忘れろ、ってわけじゃないだろうな」


「安心しろ」


 カーシュは背を向け、そのままウィルを見ないで答える。


「あれは、アレスティア魔法の全盛期のディアノブルの塔の司。俺たちの時代の魔法は全く追いついていない。……彼女の描く魔法陣を一度見たが、完璧だった」


 そう言い、カーシュは思い出したように感服のため息を小さく漏らす。


「彼女は、俺達よりも強い。恐らく、誰よりも。――団長よりも」


 そこで一息入れる。


「そうやすやすと、思い通りにはなってくれない。簡単な任務じゃない」


 ウィルは黙り込む。さきほどカーシュ達を追い返そうと描いたティアナリュクスの転移陣は完璧だった。


 魔力が足りないとは言っていたが、それ《転移》ぐらいはできてしまうのだろう。


 開こうと思えばできたはずだ。ただ、彼女がどこまで本気だったのかはわからない。


「――教えてやる。歴史ではアレスティアの墜落は必須。最初は――だから見届けた。だが、ティアナが来たことでアレスティアは別の方法、復活できることを知った。つまり歴史が変わる」

「知った? 誰が?」

「次は再興の道を取ろうとしている。ティアナがいることにより可能になったからだ」

「誰だよ、王か? 神か?」


 相変わらず、主語を答えようとしねーし。


「ティアナはこの世界の人間じゃない。遠い未来の世界の人間。だが彼女を知ったことで再興できることを知った。だから何度でも取り込もうとする、そして歴史を変えようとする、蘇ろうとしている」

「きもいし、迷惑だ。で、神か」

「アレスティアの意思だ」


 眉を顰めると冷ややかな目が返ってくる。


「神とも言えるがそれ以上の存在。魔法大国だ、国一つが意思を持っていてもおかしくないだろう。自分を蘇らせようとしていても」


 神以上って。だが、黄金期、世界を総なめにして従えていた伝説の存在。その国自体に意思があり自国を復活させようとしている、そう言われると信じてしまいそうになる。


「ティアナが産まれたこと。それがアレスティアに欲望を持たせてしまった」


 結局、疑問を残された。自分が語りたいだけ語って、カーシュは部屋の仕切り布を取り上げる。


「どこに行くんだ?」

「決まっている」


 彼は、ティアナの部屋の壁に背を預けて、目を閉じる。どうやらそこで待機するつもりらしい。


「なあ。アンタは元ってたよな?」

「……」

「つまり辞めたのは、表向きで。今のが極秘任務。なら――俺はアンタの部下じゃない。命令を聞く必要はないよな」


 ひらひら、と手をふると、返ってきたのは無表情の睨み。


「アンタと俺は別々に動く。それでもいいよな」


 奴の魔力で場が満たされる。それでも引く気はない。少なくとも、本当の事情を聞くまでは。


 その時、カーシュとウィルははっと顔をあげた。それは、ティアナの小さな悲鳴だった。


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