第48話.おねがいの代償

 少し上目遣いで、おもねるように声音を作る。そうして、プラチナの髪をなんとなく引っ張ってくるくる毛先を回す。


「姿を変えられないかしら。日本の時のように」


 日本では、白金の髪に碧蒼の瞳では目立ちすぎ。彼の気まぐれなのか、何も要求されずすんなりハーフで通じる程度の色と造作に顔を変えてもらった。


 それに戸籍、保護者の名前、生活上のお金、すべて困らないようにしてくれた。


 それを指して『パパ』とウィルには言ったのだ。


 実際、パパ活で間違いない。


「他のことは、自分でなんとかするけど、ほら、この容姿だと目立つでしょ?」


 今回は慣れた地だから、生活上のことは自分でできる。けれど姿を変える魔法は使えない。だから以前のように姿を変えてくれないかと“提案”する。お願いではない。


 彼は冷たく言い聞かせるように含みを持たせる。


『”――僕が、君を好んでいる理由は?”』

「“容姿”よね」


 皮肉に聞こえるがそれが本当。主はリュクスだけが好き。その理由は『容姿が好み』だから。でもその寵愛はいつまで持つのかわからない、調子にのってはいけない。


「わかった。このことは、もう言わない」

『”――綺麗に育ったね。実に僕好みだ”』

「よかったわ。そうじゃなかったら見捨てるでしょ」

『”――その性格も愛しているからね。そうそう手放さないよ”』


 リュクスは長い髪を手で引っ張り苦笑した。この髪色は、この世界にない。


 これはリュクス本来の姿。でもこの世界の人間じゃないのは明らか。


 この世界では、それぞれの国で持つ髪と瞳の色彩の組み合わせが決まっている。リュクスの色彩はどこの国にもない。


 だからこそ、狙われやすい。保護者の男性がいないとバレてしまう。

 この世界テールは女が産まれる確率が極端に少ない。そのために女性がとても希少価値があって、街や国ぐるみで囲い込む。


 必ず男親や夫、もしくは男兄弟が保護者となっていて、一人で自活している女は珍しい。アレスティアのような大都市にはいたけれど、他の地方都市ではまずいない。


 だからリュクスは街で女であることを見せて損得勘定をさせた。

 夫も男の保護者もいない、そんな貴重な女をほっておくわけがないと。正直、魔法士であっても手に入れたいと彼らは思っていたみたいだった。


(ウィルとカーシュのせいで、変な展開になっちゃったけど)


 あれも、最後にはカーシュが人々を怯えさせたから、放免になった。下手な芝居は必要なくなったけど、今度は彼らとの関係が重い。


(夫だとか、嫁にとか、何、言ってるのかしら……)


 ウィルはからかっているだけ。

 

 でもカーシュの目は本気マジだった。

 本気で、自分を思っているみたい。本気で傍にいると、誓ってくれたみたい。


(……もう、期待させないでほしい)


 リュクスはネックレスをしまい込んでため息をついた。


 本気なのかを。

 でも自分はいつも聞けない。人は必ず離れていくから、信じていると思われたくない。 


『”――愛しい子。彼らのことを考えているね”』

「――ごめんなさい」

『”やっぱり気に入らない。排除しよう”』


 冷笑だ。本気が混じってきた。彼は人間より上位の存在だ、ウィル達が強くてもかなわない。指一本で消されてしまう。


「だめよ、我が君。お願い、手を下さないで」


 彼は、リュクスしか好きじゃない。世界一つ、容赦なく滅ぼせる力がある。ただ興味がないからしないだけ。


 彼らを滅ぼしたいと思えば、リュクスが制止しても無駄。


『”――お願い?”』


 しまった。彼には言質をとられる。むやみに上位の存在には“お願い”を口にしてはいけないのに。でも取り消せない。


「ええ。……お願い」

『貸し一つにしようか。とりあえず彼らの首は取らない』

「……貸し一つで」

『”――どんどん負債がたまっていくね。愛しい子。そろそろ返していく?”』

「そのうち返すわ! だからまだ――」


 もうずっとたまっている。もし返すとしたら、自分の持つすべてを差し出しても返せない。


『”――君は、苛めがいがあるよ。そんな性格がたまらなく愛しいよ”』

「見捨てないでくれて嬉しいわ」


 そう言いつつも、頭の隅でよぎるのは一つの疑惑。

 自分がカーシュのことを覚えていないのは……。


『”――愛しい子。何を、疑っているのかな”』

「…今日の、こと」


 くすりと笑った気配。その笑いは、肯定ともとれるけど、そうじゃないかもしれない。


『”――そうだね。苛めたお詫びに、君の一部を返してあげよう”』

「我が君?」

『君の記憶の一片だ』


 唐突に、頭に記憶が流れ込んでくる。

 黄ばんだ部屋、鉄格子、大勢の観衆、化け物、叫び、赤い血。そして、ネックレス。


「……っ」


 突然流れ込んできたものの負荷が大きすぎて、リュクスは小さく声をあげた。

 この記憶の意味がわからない、突然の映像に脳が耐えられない。


 彼の気配が遠くなる。


(まって、我が君!)


 この意味を……問うことはできない。追いかけることはできない。彼はいつも突然リュクスの意識に話しかけてくる、リュクスから願うことはできない。


 彼が、最初に“取引”を持ちかけてきたのもそう。

 ただ彼は、ここアレスティアにはいない、と言っていた。そして日本に飛ばされた時も違うと言っていた。


(――じゃあ、もしかして。あなたは……)

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