第46話.守りの石

 過去に一時期だけ過ごした魔女の小屋。魔女ニルヴァーナはリュクスを匿ってくれた。

 この空間で、リュクスは魔女の仕事を教わった。


 小さなベッドに机に丸椅子。それから衣装箱。それらはそのまま。懐かしい部屋で、リュクスは丸椅子の上で膝を抱えて、身を小さくする。

 自分で自分を抱きしめるような、胎児の姿勢。これが一番落ち着くなんて、自分はまだどこか幼いのかもしれない。


 そう思いながら胸元からネックレスを取り出す。鮮やかな翠色のエメラルドのカッティングは古めかしい。けれどデザインは現代風に直されたのだと判る。


 そしてこれは魔石でもある。宝飾系に使われる輝石は、魔力を秘めているものがある、それは魔石と言われ魔法士たちがタリスマンに加工し、魔法の効力を高めるために使用することがある。


 これは誰かが使っていたタリスマンだと思う、しかも代々受け継がれてきたもの。

 エメラルドは、風の魔法を強化する、これを持っていた人はそれが得意だったのだろうか。

 

 ——謎がたくさんある。まずは、この装飾的なネックレスには似つかわしくないほど強大な魔法がかかっていること。


 恐らく持ち主への守護の魔法、でもそれは後に付帯されたのだとわかる。そのため、魔石が耐えられるよう強度をあげるために様々な工夫がなされている。


 それに守護効力があるとはわかっても、それ以上につけられている魔法が複雑すぎてわからない。

 目を凝らすと精緻な図式が組み込まれている、まるで機械のチップとかそういう系統の回路みたい。自分たちアレスティアの魔法と根本的に違いすぎる。


「これ構成した人って……天才?……鬼才? 人間じゃないみたい」


 でもこの構成の仕方は男性っぽい。装飾や柔らかさ、特徴も癖もない。

 これだけの魔法をくみたてるなら自己主張が激しかったり、どこかが突出していて、どこかが足りなかったりするものなのに。


 精緻で整合性があって無駄がない。でも……構図は美しい。


 こんな魔法の構成をする人に、正直会ってみたい。


(いちおう、魔法士の頂点にいたのだけど、ね)


 その自分でも読み取れないなんて。


 もし、これを作った人が。ウィルたちの言うように、自分の父親で。

 守護する相手を、持ち主を自分だと想定して作ったのだとしたら……これらの魔法を自分のために作ったのだとしたら……。


 どれほどの想いがあったのだろう。

 簡単にできるものじゃない。効果が相反しないように、配列をひとつも間違えずに、全てが増幅するように、ただ守るためだけに作った魔法。


 そんな思いを捧げられるほどの存在だったのだとしたら。


 リュクスは軽く頭をふって想像を中断した。

 アレスティアが落ちたあとに、これを首から下げていた。いつどこで手に入れたのか覚えていないし、自分のものとは限らない。


 リュクスは自分の体温で温まったネックレスをもう一度見つめ直す。


 周囲を取り囲むのは、花弁のような台座。まだ開いていない蕾の形。一枚一枚がすごく丁寧で可憐な細工だ。


 そして、エメラルドをのぞき込むと奥に文字がある。


『08.April.AA1098 ティアナ・マクウェル――愛をこめて』


 アレスティア人は誕生日がない、新年を迎えたら全員が年をとる。


 けれど東京で過ごした今ならわかる、彼らが同じように誕生日を尊ぶ風習があったから。

 これはたぶん生年月日だ。


 英語と同じ月日ならばAA1098年の4月8日、生まれ……。AAは謎、和暦でも西暦でもない。アレスティアの年号とも違う。だとしたら、ウィルたちの世界の年号? 

 

(私の、産まれた日……?)


 このネックレスをいつから持っていたかはわからない。でも、気がついては何度も問いかけてきた。眺めては――想像してきた。


 名前を呼ばれた思い出はない。


「愛をこめて」


 読み上げて、息を吐く。こみ上げてきた熱いものを堪えて、両手で瞼を押さえる。


 これを信じるだけの根拠がなかった。でもウィルは自分を「ティアナ」と呼ぶ。


 カーシュとウィルの二人に聞けばわかるだろうけど。そうすれば、あちらに帰ることになる。


 リュクスは膝をさらに強く引き寄せて、頭を膝に乗せた。


 泣いた。毎日泣いて、怒鳴られても泣いて。何かはわからないけど、焦りと共に眠りについて、目が覚めると絶望する。絶望は、諦めにかわって、そしてまた絶望がくる。


 その先にあったのは虚しさ。そして感じなくなる。時折、湧き上がってくる感情を無視して、目を逸らして、生きてきた。なのに、今更。


「もう……すべて、遅い」


 この世界、テールでも自分は異端者だ。異色の存在で、認められていない。


 けれど、責任がある。


 そして、彼らの世界に今更戻っても、居場所なんてない。


 戦闘慣れしたウィル達は“魔法師団”と名乗っていた。


 ティアナは軽く笑った。


(“俺たちのボスの娘”ね)


「だいたい、なんで“ボス”が来ないのよ!」


 小さく悪態をつく。本当に探しているなら、その親玉が来るはずだ。

 それでも。


 ――もし、その人が本当に自分に会いたいと願っていたとしたら?


(だめだ、考えが支離滅裂)


 あちこちに飛んでしまう。


 期待はしない。帰らないと決めたのだから。


 ――不意に意識の片隅で気配がした。リュクスは顔をあげて、空中を見つめる。


「我が君?」



――――――――――――――――――――――――――


*もし興味がありましたら。ティアナが産まれた時の番外編をあげております。


リディアの魔法学講座の短編集 魔法師リディアと怖くてゆかいな仲間たち

[Ep.10 君が産まれた奇跡] よろしかったらどうぞ。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054888143428/episodes/16816452219883635057

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