第36話.襲来と彼の能力


(今更、どうしろっていうの)


『――どんなに、どんなに頑張っても、それが得られなかった場合。その道は違うということかもしれないね』


 ニルヴァーナのその言葉が、いつも頭にある。


 いつも必死だった。


 塔に行く前も、行ってからも。泣くのをやめて、常に焦りながらむさぼるように方法を探して。

 焦りで眠りついて、絶望で目が覚める。絶望は諦めになり、そしてまた絶望がくる。


 そして感じなくなる。なのに、時折何かが胸にせりあがってくる。

 希望も期待も叶わないのだと……思い知らされ続けた。


 そして今度は東京に飛ばされた。また、自分は繰り返すのかと呆然としたあと、帰る方法を探して、探して、焦って、絶望して。


 なのに――今、その二つが同時に来るなんて。どちらを掴むか、なんて。

 そんなの……決まってる。




 夜勤明けの身体は倒れこむように寝台へ吸い込まれたけれど、どこか覚醒している。まだ交感神経がばくばく緊張しているせいで、ちゃんと眠れるのはその次の日から。


なので、すぐに異変に気がついた。森の精霊たちが叫んでいる。そしてきな臭い。パチパチという異変の音に飛び起きる。


 リュクスが部屋を飛び出ようとドアを押したら、何かに引っかかった。


「んもう、何!?」


 思いきり押したら、ようやく開いた、そこには椅子の背を引いたウィルがいた。どうやら、椅子の背をドアノブにひっかけて、開けられないようにされていたらしい。


「何したのよ!」


 文句を言いかけて息をのむ。彼の太陽色の瞳は鋭く、気配は既に戦闘モード。顎をしゃくり、短く答える。


「森の外が燃えてる」


 リュクスは裸足のまま彼の横をすり抜けて、扉をあけた。確かに空の向こうには細く煙が立ちあがっている。普通の火事じゃない。かなりの規模だ。


「あっちには、ケニーの街があるの」


 リュクスが昔、魔女の手伝いをして出入りしていた街だ。急いで地下へ降りて、雑嚢に薬草や軟膏などを詰め込む。


「何してんの、というか行くつもり?」

「そう。たぶん怪我人がいる」

「状況もわからない。火の手がこっちに来る前にアンタを逃げさせよーと思うんだけど?」

「逃げない」


 リュクスはニルヴァーナの部屋へと駆け戻る。ウィルは寝なかったみたいだ、寝具に乱れがない。

 ウィルのシャツを脱ぎ押し付けるように返して、ニルヴァーナがいつも被っていたフード付きのマントを被る。


「そう言うと思ったけど。街まではどのくらい?」

「四キロくらいかしら」

「走るしかないって?」

「ついてこなくていいのよ」


 しっかりとフードをひもで結んで顔が出ないようにする。ウィルは何も言わない。


ドアを開けてリュクスが走り始めると木々が道を開き、すぐに森の外へと運んでくれる。少し走ると、街へと続く細い街道へと出た。


「ここって、車とかないの?」

「アレスティアの王都にはあった。トレスの都にもね。魔石を動力源とした鉄道や飛行船がね。でも田舎は馬が一番の移動手段かしら」

「うええ」


 二人で走っていると、街のほうから馬に乗った逞しい男が走ってくる。

リュクスが声を掛けようとするのをウィルが制する。手のひらで野球のボールほどの石を転がし、丁度いいタイミングで突然それを投げた。


 馬の鼻先をかすめた石、それに驚いて馬が両前足をあげていななく。乗り手の男が落馬すると、ウィルは素早く駆け寄って、背後から首を絞めて彼を気絶させた。


 あまりにも手際がいい。ただ見ている間に終わってしまった。


「なんてこと……」

「早馬か。恐らく近隣へ助けを求めに知らせを出したんだろうけどな」

「それを気絶させてどうするのよ」

「俺らも足が必要だろ」


 彼を街道の端に寄せて寝かせると、ウィルは男が背にしていた弓を、パンツの間に挟み込む。弓筒を肩から背負いながらも、倒れた男の衣服を探ろうとしない。


 金銭を盗る気はないのか、と見ていたら彼は笑った。


「今回は金を奪う目的じゃないからな」


 栗毛の馬を落ち着かせると鐙に足を載せて、ひらりと飛び乗りまたぐ。そして、リュクスに手を差し伸べる。あちらの現代人にはできない芸当だ。恐らくどこでも何でもできるように訓練してきた人。


「あなたって一通りなんでもできるのね」

「そ。できるいい男。頼ってくれていーよ」


 リュクスを前に載せて、彼が後ろから支えながら手綱を引く。彼が馬の腹を蹴ると、走り出す。並足から早足そして駆け足へ。どんどんと景色が進んでいく。


リュクスは頭上を振り仰いだ。

 まだ夜明けまで遠いのに、空が不気味に照らされている。橙色と黒が空を渦巻いていた。高く天に上がる黒煙は不吉な予感しかない。


「見ろよ」


 ウィルの低い緊迫した声にリュクスが空を見上げると、鳥ではありえない大きさの奇怪な生き物がぐるぐると旋回していた。


 キエエエエエエエ


 思わず手で耳を押さえてしまう。人を恐怖に落としいれるその声は、人面鳥だ。


「人面鳥だ。街を襲ったのはやつらか」

「……街に、魔物が出るなんて」


 この辺りは魔物がでる魔界からは遠く、定期的にトレスの騎士団も見張っているはずなのに。


「……アレスティアの魔法の守りが薄くなっているのね」


 呟いて後ろのウィルに説明をする。


「大陸全土は、アレスティアの防護壁で魔界からの魔物の侵入を防いでいたの。アレスティアが墜ちて、その守りも少しずつ薄まっていってるのよ」

「それにしても中級魔獣だろ。こんな街にでるなんて」

 

 中級、と判断できるのか。やっぱり魔物と戦ってきた人だ。ということは上級とも戦える?


(彼ならばできるかもしれない)


 様々な状況でも、話のすり合わせをすれば、すぐに通じる。頼もしささえ感じる。


 機転が利く経験値と、体力を合わせると戦闘能力は彼の方が上だろう、魔法は自分のほうが上だけど女神がいないために、大したものは使えない。

 本気で戦ったら、自分の方が分が悪いかもしれない。


 それを冷静に計算しながら、リュクスは彼との会話を続ける。


「この世界はそう。守りがなければすぐにやってくる」


 あの防護壁の魔法は、魔法士が居なくても保てるように、五つの国に一つずつの柱をたて、陣を刻んであった。


どこかの国でその柱が壊れのだのだろうか。


「人面鳥は四匹だな」


 まだ細い針ほどにしか見えない鳥が空でぐるぐるまわっている。奴らは人間を食べるから、街の上で機会を狙っているのだろう。


(それにしても、そうとう視力もいい)


 それか、戦闘経験で動きから慣れているのか。


 街に近づくにつれて、人面鳥の顔が視認できるようになってくる。

 人面鳥は人の顔をしているが、目はただの白い球体だ。大きな口からは牙を見せる。

 額には乱れた髪の毛が数本張り付いている。額がひろく、頭部はでかい。

 痩せた体の手の個所に羽がついている。


「あれだけで火事になるわけがない。大物がいるな」


 少しずつ逃げてくる人間とすれ違うようになってきた。それを追いかけて人面鳥の一匹がこちらに低く飛んでくる。


ウィルが後ろで魔力を高めるのを感じて、リュクスはウィルを振り向いた。


「ウィル、魔法は使わないで」

「え?」

「お願い」

「――わかった」


 彼はリュクスの目を見て、鮮やかな黄色の目をしっかり向けて頷いた。

 理由はきかない、そのあっけなさに驚いていると彼は即座に弓に手をかけた。


「手綱を頼む」


 ウィルが早がけをしながら、後ろで矢を構える。足だけで馬の胴体を絞め、両手を離し頭上へと向ける。


「この距離よ!?」

「このまままっすぐに」


 いくら追い風が吹いているとはいえ、馬を走らせながらしかも原始的な作りの弓で射ろうとしている。けれどウィルは全く迷いがない。


 きりきりと弦が引き絞られる。リュクスは彼を信じて速度を落とさず門まで、馬を走らせる。そして、リリース。鋭い音と、反動で跳ねる弦、空気を切り裂いて弓は頭上の魔物の目を射抜いた。


「……お見事」


 感嘆というより驚嘆だ。魔力で強化したわけでもない、剛腕でもない。あるものは何でも使う。その臨機応変さに。しかも仕留める実力もある。


 すかさずウィルは次の矢をつがえる。二匹目を倒したところで、リュクスは馬から飛び降りた。


「おい!!」


 駆けだす背にウィルが呼びかける声が聞こえたけど、構ってはいられなかった。


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