第29話.ただひとつの願い
「あー、やっぱ繋がんねー」
ボタン型の通信機は、自分の魔力で即反応するはずなのに、全く動かない。耐久性もかなりあって、銃弾が当たってもへこむ程度で、壊れはしないはず。
通信ができなくなる可能性は開発部に指摘されていた。何しろ狙った別次元に行くことができるようになったのはようやくなのだ。この通信機も試作品だ。
ウィルは諦めて、通信機を腕の機器へとはめ込んだ。
「故障っていうより、ここの磁場かよ」
自分の世界とは違う魔力の気配を感じる。
何かの巣の中にいるような落ち着かない感じだ。ただ、その何かは眠っていて反応しない。この世界に出現して落ちる時に、緩衝する風の魔法を張ろうとして、それを阻むような感覚にやめた。
まるで水の中のように、魔法が歪まされる。
「ま。臨機応変で」
潜入が多いこの仕事は、臨機応変に対応できないと死に直面する。現場の個人に裁量が任されている。
「応援が来るまで待つっつーのも、ミニボスとしては癪だしな」
ビッグボス、と言われて笑ってしまった。どっちかって言うと彼女が指した相手はラスボスだ。
どんだけ大きな組織で、どんだけ大掛かりに探されていたのか、と言ってみても彼女には何のありがたみも感じないだろう。
親のことも、組織のことも、世界のことも何一つ聞いてこないのは、彼女なりの複雑な感情だから。
感動や怒りで泣きもしないし、呆然ともしない。
信じているかもわからない「そうですか」という無表情。
(かなりこじらせた感があるかなー)
悪い、と正直に思う。苦しんで、悲しんで、その上での終わらせた感。
こっちの指摘通り十八歳なら三歳で失踪してから十五年。
こっちとしては二年しかたってないけど、彼女の中では大きい。いきなり迎えに来た、と言われたら拒絶もするだろう。
(ちょっと長引くかな)
あのまま連れ帰れば、相当尾を引く。本人の納得の上で連れ帰ってやりたい。
ただ――時間がない。
東京もそうだが、ここと自分達の世界は異次元、というか他の世界。
実際に自分も彼女達の行方を追うまでは知らなかった。自分達の世界以外にも別の世界があるということは驚愕だった。
それを教えたのは彼女の父親。彼が、他世界同士を繋ぐことができたから。
そんなことを言われてもよくわからない、皆がそう思っていたが、実感できたのは彼女の魔力をこの世界で捉えたから。――いや、自分は実際に東京に行ってからか。
ただ多世界は砂漠の砂の粒のようなもの。隣り合ってもすぐに離れ、別々に流れてていく。その一粒の中で彼女を見つけ、捉え、世界を繋げたのだ。
けれどこの世界と自分達の世界を繋ぐのはゴムのようなもので不安定、砂の粒同士が別の方向にいったり、流れが遅れたり早まったりすれば、いつでもそのゴムは切れてしまう可能性がある。
その上、砂一粒の流れが全然違うから、離れている時間が長い程、
こっちでも、もたもたしている間に、更に数年歳をとりました、というのは勘弁してほしい。
早く戻らないと、という焦りがある。
(……でもまあ、それを繋げている人は尋常じゃないし)
その人――ボスの力を信じるというか任せるしかない。
元の世界とつながりが切れたら、自分が一人彼女をここで守り、何とかしなきゃいけないという焦りを、”仕方ないな”という程度に変える。
(だって見つけたし、一緒にいるしな)
それだけで今はいい。焦れば焦るほど、うまくはいかない、それは常に自分に言い聞かせていること。
――平静心、それがなきゃ任務はうまくこなせない。
こんだけ任務をこなして経験値を積んだくせに、それでも焦るのかよ、と自分に突っ込んで笑ってやると、少し気が落ち着いてくる。
見つけたという連絡はしたけれど、更に飛ばされたという事は伝えられていない、でも本部と連絡が取れないのも、思うように魔法が使えないのも想定内だ。
年齢が変わってしまうかも、というのも一応は言われていたこと。
「若返ったのはいいけど。能力は落ちてねーよな……」
大きな魔法は使っていないからわからない。ただ経験値が減っていたら困る。
「でも前向きに考えると、むしろ二十代って全盛期じゃん」
体力も運動能力も二十代に戻ったのもむしろ好都合、まだ年とは感じてないけど良い方に考えることにする。
「年齢も近くなりましたって感じ?」
ま、それで手をだすわけじゃないけど。離れているよりは近い方が馴染んでくれるだろうか。言ってみて苦笑する、関係ないか。
彼女は辛口なくせに、傷つけていないかこちらの反応を見ている。
「まあ
日本での記憶操作は謎の能力だけど、こちらではさらりと火をつけたりと魔法を使っていた。ウィルに見せるのも躊躇がない。
防御膜のことも感知、自分が魔法を使えるのもわかっている、というより魔法による転移陣で連れ帰ろうとしたのだからわかって当然か。
彼女は何も聞いてこないけれど、互いに魔法が使えるのを前提として話している。
(聞いてこないのは、深入りをしないため、か)
とにかく聞かない、を徹底している……かというと、そうでもない。
時々、気にしている様子はある。ただ気を配ってあげた方がいいのかな、という様子をみせるのが可愛いというか、意地悪が徹底できていないというか。
根は優しいいい子なんだろうな、と思う。
ついその様子に笑みが浮かんでしまう。
とはいえ!
大きな問題があった。これこそ想定外だ。
「つーか。あの容姿っ」
両腰に手を当てて、唸る。そして俯く。
日本にいる時には、北欧系の美人ハーフかなっていう感じだったけど。こちらに来て戻った本来の姿には、息をのんだ。呆然として見惚れてしまった。
「妖精かよ……」
勝ち気な眼差しと断言する口調は強気な性格を連想させるけど、黙っていると儚ない雰囲気で消えてしまいそう。
腰まである長いストレートの美しいプラチナブロンド、碧蒼の幻想的な瞳、卵型の顔、小さくて艶のある桃色の唇。
整っていながら愛らしい顔つきは、まるで妖精だ。
「……
ボスもまあイケメンの部類には入るだろうけど、それとは違いすぎる。母親とふとした時に似た表情を見せるけど、彼女は溌溂としていて可愛い系美人だった。
なのに、こっちはほとんど幻想的な世界の住人だ。
「あれはマズいって」
アレスティアの資料は見てきた。彼らの暮らしも容姿も確認して、あの国はそれなりに整った美形が多いなとは感じていた。エキスでも吸収するのか? 環境のせいか? そうだとしても、それとは段違いだ。
狙われる。どこにいても、狙われる。
「こっちでも、あっちでもアブなすぎるって」
ゴージャスな美女とは正反対。けど、儚い美人系、それに混じる可愛らしさ。不満をみせるツンとした顔も愛らしいだけ。
自分たちの連れ帰った先も、男所帯。
あんな妖精ちゃんを連れ帰ったら大騒ぎになる。
(どうすんだよなー)
ボスの娘に手を出す奴はいないとは言いきれなくなってくる、血迷う奴は後を絶たないだろう。 この世界でも、やっていけるのだろうか。
まあ、守る気はマンマンですけど。
ウィルは腕にはめた機器を操作して、フォログラムを浮かび上がせる。それをスクロールさせて再度読む。
「男女比、五対一。極端に女性が少ないのはアレスティアの神話によるもの。……男兄弟神五人で妹神一人を取り合ったのを母神イリヤが怒って人間も同じにしたとか……。ま、神話なんてそんなもんか」
不意に真面目な顔をして、顎に手を当てて考え込む。
「問題は、本人がどこまで自覚があるか、だよな。その辺まで似てたら困るんだけどな」
とある人物を思い出して、目をすがめて空を見上げた。
「とはいえ、無事に捕まえたってことで」
深い息が漏れる。あちらにはそれは伝えたから、仲間達も安堵していることだろう。ようやく、一人目、だ。
彼女達がいなくなって、二年も経つ。
その間からずっと自分達の時間は止まっている。けれどようやく動き出した。彼女がここまで成長してたのは驚いたけれど。
「三歳で行方不明で。俺達の間隔では五歳のハズなのに……十八歳かよ」
あちらで消息を突き止めた時に、経年は指摘されていたが、ここまで成長した姿になっているとは思わなかった。
けれど。
「……ようやく、アンタに近づけたよ」
だから、早く出て来いよ。
「いーや。必ず見つけるから……無事で……待ってろよ」
生きててくれ。思わず両手を重ね握って作った拳を額に当てる。満点の星の下で、必ず叶えるとウィルは願い、目をつぶった。
――あの微笑みも、優しい声も、温かい手も、忘れない。必ず取り戻す。
「アンタの大事なものは、守るからさ」
――だから、頼むよ。
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