第14話.私と聖女

 ――召喚された聖女は、長い黒髪の美しい少女だった。


 召喚陣の中で伏していた彼女は、しばらく頭を押さえていたが、顔をあげてまず、わずかに驚いたようだった。


 口元がまさか、と動いた気がしたけれど、それだけだった。


 すぐに立ち上がり優雅に微笑んで『こんにちは、皆さん』と挨拶をした。


 聖女は、異世界にいた頃から、この世界の知識を与えられる、そう聞いていたけれど、直後に順応したことには誰もが驚いていた。


 後で聞いたが、彼女は異世界の学園では学徒たちの上に立つ“副会長”というものをしていたという。


『本当は、すごく驚いていたのよ』と、内緒で話してくれた。


 でも内心を見せちゃいけないでしょ、と。


 彼女は、私たちの動揺をさらに煽った。


 召喚されて聖女が最初に行う仕事が、聖女を守る四騎士を選ぶことだった。

 彼らは聖女を守ると同時に、契約をすることで神の加護と魔物を倒す聖なる力を与えられる。そして王宮内では特別な地位を与えられるのだ。


 勿論、そんな選考権を突然現れた少女に任せるわけがない。


 すでに腰を折り、任命を待つだけという大貴族出身の四騎士候補たち。彼らは、家柄で選ばれた四つの聖騎士団の団長。


 その彼らどころか、王族にも神官達にも背を向けて、団員達を困ったように可憐に見渡した。


 そして、儀式の招待客であったトレスの王太子フィラスに人差し指を向けた。

 いつも悠然としている彼が、目を見開いて顔を引きつらせた。


 その次に聖女の世話係のツァイを選んで、どよめきが上がった。地位もなく、しかもフェッダというアレスティアの属国の人間。


 困り狼狽している彼を他人事のように観察して見ていたら、最後に彼女は私に指を向けたのだ。


 聖女召喚という大仕事を終えて、事態を驚きつつも傍観していた私は、呆然とした。


 女で、騎士でもない、魔法士の司の私が、聖女の四騎士になれるはずがない。


 立ち上がり激高する四騎士候補たちが『失礼ながら――』と聖女に威圧するように立ちふさがると、わずかに怯えた様子で『あなたたちには天の意思が見えないのだけど、なぜかしら?』と言葉を漏らして誰をも絶句させた。


 先代の大神官長が『認めぬ。神がお認めにならぬ!!』と叫ぶ声が響いても誰も何も言えなかった。


 彼らが立ち直る前に、彼女は美しい半身を返して、透き通る声で『最後の一人は――』と場をもたせ困ったように眉をふせて『――ふさわしい人が見えないので決められません』と言った。


 大神官長が癇癪を起こしても、困ったように微笑むだけ。


 そして笑い上戸の第四王子のジャスが、呆然としている私を見て、とうとう吹き出した。


 王が威厳ある声で場を沈めて、儀式は終わった。


 その後、どこからともなく現れた黒髪の男性をユーナは最後の騎士にしていた。

 誰も彼のことは、わからなかった。


 ――聖女は、皆が思ったような少女ではなかった。


 思惑が外れた神官たちも、四騎士になるはずだった大貴族の恨みもかってしまった。


 私も最初は戸惑った。けれど、女性が圧倒的に少ないこの世界で、私達はすぐに仲良くなった。優雅な聖女として皆の前ではふるまうのに、私の前では不安を吐露して甘えてくる少女。


 彼女は『親友と呼べるのはあなただけよ』と言った。


 孤児で友人もいなかった私は舞い上がっていた。


 でも、本当は僅かな違和感を覚えていたのだ。


 彼女が言う『頑張ります』は、何を、なのか。

『使命を果たします』は何の使命なのか。彼女はいつも一部を濁す。


 私たちが求める願いと、彼女が言わない“それ”が違うような気がして。

 いつも交わす会話は、どこかずらされたものに感じていた。


『あなたは異世界の人間だから』


 その続きがいつもわからなくて、聞けなかった。


『あなた“も”異世界の人間だから』ではなく『あなた“は”異世界の人間だから』


 仲間とかではなく、むしろ、距離を置かれているような「あなたはいいわよね」という響き。


『あなたのことを、私は重ねていたのよ』


 それも何を言っているのか、わからなかった。それが何なのか。誰と、何を。


 重ねていたから何、なのか。


 彼女の言葉はいつも中間しかなくて聞いても教えてくれない、ただ繰り返される言葉に私は推測するしかなくて苦しくて。


 でもきっと彼女は苦しんでいた。異世界の人間の私に、何かを重ねて。

 

 ――聖女召喚の瞬間。

 

 私はその転移の輪に一度とらえた聖女の気配を見失った気がした。ほんのわずかな、瞬きをするような間だった。


 その次には、転移陣の中に聖女の気配を再度とらえていた。


 ホッとしていた、ただの違和感だったのだと。


 でもその時の感覚を表現するならば、“まるで割り込まれたような感じ”だった。


“偽物聖女”


 その流言の出どころは、先代の大神官長や聖騎士たちだろう。


 けれど、時折影のように胸に疑惑が差し込む。召喚は間違えてなかったはず、なのに一瞬の違和感があったこと。


 私が何か、間違えたの?


 間違えて、あなたをこの世界に呼んでしまったの?


『リュクス! あなたにその力があったせいで私は召喚されたのね』


 その力があったから、召喚と言う昔に廃れた儀式が行われたのだ。

 聖女召喚は、過去には行われていたらしい。けれど召喚できる魔法士が絶え、いつのころからか、よい家柄の娘を聖女として選び、数々の催しの遂行をさせる形式的なものに変わっていった。


 けれどアレスティアが急激に高度を落とし始め、聖職者は聖女召喚が必要との結論を出した。


 その能力を魔法士に求めた。そして、私が選ばれた。

 私には召喚の力があった、それを隠すことはできなかった。断ることもできなかった。


『あなたは、親やこの世界を憎む代わりに、私に復讐したのね』


 違う、という声は出てこなかった。


 ――私は、誰も憎んでいない。


 実の親も、世界も。


 そんなこと、考えもしなかった。


『そうして自分の仲間を、犠牲者を増やして満足なの?』


 「違う」という言葉はいつも言えない。そうなのかもしれない、と自分の中で思ってもいなかったことが、植え付けられていく。


 レダや神官長、聖騎士達が彼女を苦しめたんじゃない。


 私が。彼女を追い詰めたのだ。


『あなたは、私の命令を何でも聞くんでしょ。だったら――』


 主であるユーナが私に出した、最初で最後の命令願い


 彼女は叫んでいた、苦しそうだった。


 その残酷な願いよりも、その悲し気にゆがんだ顔を私は覚えている。


 ねえユーナ。


 あなたは、世界を憎んでいたのね。


 そして――私も、憎んでいたの?

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