第12話.フェッダの赤い目
「――なるほど。『アレスティアの秘宝』とは、よく言ったものだ」
黒騎士に剣で押しているのは、左手に長剣を握るまだ若い男だった。
アレスティアの聖騎士団のようにお飾りの鎧でないのは一目瞭然だった。剣先からは赤黒い血が滴り、鎧にもすでに血しぶきが散っている。
右肩、右頬についた血は既に固まっている。肌に直接当てる胸当に腰回りもひざ丈までの薄い鎖の紗で覆われているだけ。
フェッダ特有の軽装に身を包みながら、その髪は白く、目は赤い。
フェッダ人は黒髪に赤い目が特徴だ。異質だが、その声は力に溢れ、歴戦の戦士に見える。
その目は切り結ぶ黒騎士ではなく、しゃがみ込むリュクスに目を向けている。
「アレスティアの防衛を一人に担わせ、かつ護衛一人とは愚かなのか」
「あなたは……フェッダ人……?」
「それとも、よほどの自信があるのか」
突如彼の姿がぶれた。黒騎士の剣を抜き接近する、リュクスが魔法を紡ぐ間もなかった。
直前に顔が見えたと思えば、お腹に衝撃がくる。
激痛に身体を曲げて倒れそうになると男が肩で支えた。
儀式のために何も食べていないせいで吐かなかったけど、胃液がこみ上げてくるのを必死で堪えた。
「なんとたやすい」
さきほどから独り言が多いが、言い返せない。彼の言葉が耳に入ってくるけど、それで状況把握をしようとしても、衝撃で理解ができない。
彼は背後から切り込んできた黒騎士の剣を振り向きざまに受け止め、リュクスを肩に抱き上げたまま立ち上がる。
リュクスがいるせいで、黒騎士は本気で切りつけず、一歩間合いを取るように飛び退る。
「聖女より人質として価値がある。護衛が一人とは幸運だが、目立たない効果はあるな。やはりアレスティアの魔女か」
彼がリュクスにちらりと目をやる。
「違う」
黒騎士はいつものように無表情で剣を構える。
「助けるのは、俺の個人的な理由だ――」
「――あなたは、何者よ!」
リュクスは黒騎士を遮り、残っていた魔力で炎を白髪にぶつけようとする。その途端に床へと放りなげられて、四つ這いにされ腕をねじりあげられた。
「男同士の戦いに割り込むな、大人しくしていろ。子どもが」
黒髪が瞬時に切り込んでくるのを、彼は打ち返す手で切り上げ、さらに右に隠した短剣で黒髪の騎士の腹に深々と剣を突き立てた。
左利きとみせかけ、致命傷を右手で与える。
崩れる黒髪の騎士に上から声を投げすてる。
「フェッダの、ザイファン。時期、王」
リュクスの小さな叫び声をかき消して無情な声が告げる。
そして黒髪の騎士は答えない。
「聖女ではなく魔女を殺せばアレスティアは滅びる。なのに護衛がこれだけ。これは罠か、それともアレスティア人はよほどの間抜けか」
「――どちらでもないわ」
独白するザイファンに、リュクスが低く応えると、二人を囲むように炎の円が現れる。
すでにリュクスの頭まで火柱は上がり、彼の胸の高さまである炎の輪は、逃げ出すことは不可能。
腕を掴まれても、身体の一部さえ動けば魔法は使える。
指一本でも瞬き一つでも。
「女神が消えても魔法は使えるか」
どうしてザイファンが女神がいなくなったことを知っているのかわからない。けれど明らかに儀式の失敗を前提にしての侵攻だ。
「二人で炎の中か、海の中で心中するか。決めなさい」
自分の魔力と、残った女神の力でこのくらいはできる。リュクスは左手首をねじり手掌を上にむける。反対にした右手指を正反対に重ねて、彼を見据える。この形で拳を作れば、炎は豪炎となる。
自分の作り出した魔法は味方だから熱くないし傷つけない。
けれど彼はかなりの熱さに襲われているはず。熱気ですでに肌に火傷ができてもおかしくない。
鍛えられた筋肉に覆われた肌は、黄金色に輝き汗を浮かべているが、赤くもならない。
「もう一つ、選択肢はある。お前を連れ帰ることだ」
彼はリュクスの顎を捕らえてしゃがんで、のぞき込んだ。
「
「私の方は、その気にならない」
「選ぶのは俺だ。だが、これでは妾としても丈夫な子を産めそうもない。尻と腹を肥えさせろ」
「なんっ」
言い返す前に再度抱き上げられる。そして炎をものともせず彼はそこに突っ込んでいく。
リュクスの頭を抱えて一応、庇うふりはするが、全く動じていない。むしろ動じたのはリュクスだった。
彼女を守るために火勢が弱まる、その瞬間、彼が勝利の笑い声をたてる。
「……っ」
「所詮、戦闘を知らない子ども」
凱旋のように堂々と魔法陣をまたぐ彼が足を止めた。
瞬間再度剣を構えリュクスの眼前で白刃が交わされた。
「死にぞこないがっ」
ザイファンの余裕のある声が、途切れる。黒髪の騎士の目線は、彼の背後だった。微かに顎を動かす、魔法の動く気配がするとザイファンを狙うように背後の柱がこちらに倒れ落ちてくる。
振り向くザイファン。その隙に黒髪の騎士は、リュクスを引き寄せ奪い返す。
リュクスが最後に見たのは、ザイファンの上に柱が覆いかぶさるところだった。
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