第11話.聖女の黒騎士

 強大な魔法を失敗すれば、大きな反動が来る。


 部屋の中で爆風が吹き荒れて、自分の身体も微塵に吹き飛ぶはずだった。けれど魔法が弾け飛ばされる瞬間、大きな影が割り込んできてリュクスを抱きしめた。


 視界は胸で閉ざされる。自分のものとは違う構成の魔法が二重に相手と共に包み込む。

 その構成は急ごしらえにしては精緻で強固なもの、それ以上に自分を抱きしめる腕は太く、力は強かった。


(何なの……)


 こんな風に誰かに抱きしめ守られるはずはない。それにこの暴走を止める魔法壁を展開できる人間がいるなんて思えなかった。


 顔を無理に動かすと厳しい顔をした黒目の戦士が、腕をかざしている。


 部屋の中は嵐が吹き荒れてすべてを壊している。

 彼の魔法障壁もたわんでいるがまだ壊れない。それを維持するように彼がぎゅっと拳を握り締めると、その拳の中に嵐が潰されていくように、収まっていく。


(この魔法は何?)


 アレスティアで最高位の魔法士の自分が、知らない魔法だ。


 そして静寂が訪れる。荒れた部屋はまるでドラゴンが暴れたかのように壁も天井も床も壊れている。


 香炉も蝋燭も欠片だけ。転がる瓦礫が魔法陣の上に点在している。

 嵐がおわった空間で、黒い瞳はリュクスに怒気をむき出し口を開く。


「なぜ逃げていない!」


 太い武人の片手一本がリュクスの体幹を強く引き寄せている。

 それは言い訳をして逃げるのを防いでいるみたいだった。


 ユーナの四騎士の一人と呼ばれる黒騎士の彼とここまで近い距離で話したのは初めてだった、けれど彼になぜ叱られなきゃいけないのか。


「しかもこの魔法陣。こんなもので、アレスティアを支える気だったのか」

「――魔法陣は完璧よ。発動すれば浮上できる」


 ムッとして見上げれば、その反抗的な態度が気にくわないのか、リュクスの頬を挟み込んで黒い瞳でのぞき込んでくる。


「あなたには関係ない」

「関係ある」


 彼は、リュクスをきつく抱いたまま背後の魔法陣にちらりと目を向けた。


「女神の力を排除。火の力を強く、風のバランスをあげ、水と風でアレスティアを浮上、土で固定し――」

「ちょっと待って」


 吹き飛んだ魔法陣を名残から推測する、そんなことができるの?


「己を魔力の器にし、アレスティアの礎とする。肉体だけではなく魂も永遠に取り込まれ永劫にアレスティアの人柱になる」

「そうよ」


「こんな魔法を……バカな」


 そして彼はまたリュクスをぐっとにらみ上げる。

 落ち着いた態度から、彼は熟年の男性に思えていたけれど、意外にまだ若そうだ。精悍な顔、シャープな顎と鼻の線。二十代半ばぐらいかもしれない。


 至近距離からの迫力ある顔立ちのよい青年が凄む眼差しを向けてきて、リュクスもにらみ返す。


「あなたは――いや、お前は死ぬどころか、自分を壊し、魔力の器となる気だったのか」


 あなた、からお前。その言い直しは何なのか。


「何で、”お前”扱いされるの?」

「自分を粗末にする相手には“お前”で十分だ」


 騎士は怒りを堪えているようだった。


「だから、あなたには関係ない」

「関係ある、こんなことをされたら――悲しむ」

「誰が?」


 彼は言葉を飲み込む、そして魔法陣の名残を見て拳を握り締める。いつも無表情の顔が、悔しそうだった。


 リュクスは碧蒼の目を開いて騎士の顔を見ていた。


 これは無意識下で描いたが、過去最高の最大の魔法だ。

 自分でもこれ以上の魔法陣を描いたことはない。普通の魔法士には読みとることはできない。


「あなた……何者?」


 ここにいた魔法士達よりも優秀だ。ユーナと同じトーキョーから来たと思われていた彼は、魔法が使えないはず。ただの剣士だと思われていたのに。


「そんなことは、どうでもいい」

「どうでもいいわけない。あなたが魔法士だなんて聞いていない」


 それに、あの爆発を防ぐほどの防御魔法を張れる魔法士なんて知らない。影のようにユーナを守っていただけ。どこの出身の魔法士で、いったい何者なのか。


「そうよ、ユーナを! あなたユーナの騎士でしょう? 彼女はどうしたの? 無事なの?」


 彼の身体を押しのけて、リュクスは立ち上がろうとして、ずるずるとうずくまった。

 全く力が入らず、たちあがることができない。魔力を使い果たした。


 黒騎士がリュクスの半身を抱き起こして、そのまま支える。その服に手を伸ばして掴む。


 情けないけれど、もうできることはない。


 喧騒が聞こえてくる、おそらくフェッダ軍だ。そして揺れがひどくなる、もうすぐアレスティアが墜ちる。


「ユーナを助けて。もう私は、助けに行けない」


 彼はいつも冷静沈着で動じない顔をわずかに曇らせたように見えた。


「アイツは、もう逃げた」

「そう、よかった……」


 言いつつも、チクリと胸に痛みが走る。ユーナは、避難した。騎士達が逃がしたのだろうか。

 ……けれど逃げる時、少しは自分のことを思い出してくれただろうか。

 そうだと、いいのに。


 彼は首を軽くふる。


「そうじゃない。アレスティアを捨てた」

「え?」

「だからお前ももう逃げるんだ」


 わからなくなる。アレスティアを裏切った? 『頑張ります』と言っていたユーナが?


「ちょっと待って、ねえ? じゃああなたは、なぜここにいるの?」


 ユーナの騎士の彼がなぜ自分のところにいるのか、混乱する。


「――すまなかった」


 顔をゆがませて謝罪する。彼がユーナをだましたのかと思ったけれど、彼はすぐに表情を消し立ち上がる。


 その瞬間、彼は抜刀しつつ身体を反転させ人影と剣を重ね合った。

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