第8話.差し込む声
レイリーにはああ言ったが、リュクスにアレスティアを落とす気はない。
もう一度魔法陣を見渡す。これは、自分が描いたもの。だから自分ならば描き直すことができる。
この魔法陣は、床に陣を掘りこみ、その上にルビーやエメラルドなどの魔石を特殊な方法で溶かし流し込んでいる。
半永久的に魔法陣を存続させるためだ。
すでに彫られた線を消すことはできない。ならば追加して、女神の魔力を注ぐ線を消し、自分の魔力を注げばいい。
魔法陣は大円が二つあり、二つは魔力が流れるように溝で繋がれている。
片方が女神イリヤの力を受ける魔法陣で、もう片方はリュクス達魔法士のもの。
リュクスは女神イリヤの魔法陣の中に立ち、ローブからいつも持ち歩いている陣石を取り出し、床へと屈んで線を描いていく。
まずはイリヤの印を自分の印章に書き換える。
考えるより手が勝手に動いていく。長い
陣を描くのは、常に内側から、そしてその線を間違えることは許されない、やり直しはできない。
まず中央に縦線、四十五度の角を立てた三角形を二つ縦並びに描く。壁に半身を隠した少女に見えるのは自分の印章だ。
それを囲む円は炎の紋様、次に車輪の紋様を丁寧に描いていき上昇気流を作る。
その外の円は逆さの風切り羽の紋様、描くそばから陣が回りだす。波紋様と風車で雲を作り、アレスティアを囲ませる。
これらは、地・水・風・火の力を集積する魔法。
母神であるイリヤは去った。息子の四神はまだこの世界に残っているがいずれ消える。そのあとに残るのは、神々が落とした力の残渣。
それだけで、アレスティアを支えるのは無謀だ。けれど、それだけで支えるしかない。
そこに注ぎ込むのは、自分の魔力のみ。己の魔法陣は、四人の魔法士で作るものだったが自分一人の力が注ぎこむように変形させる。
一点に立ち、周囲は五芒星、その中央には矢の陣形、その目指すは巨大魔法陣。
巨大魔法陣に力を永遠に注ぎ続けるのは、己という存在だ。自分の魔力は甚大だ、ここが閉ざされて次のイリヤの儀式までは礎となるだろう。
線は力を持ち、美しく光を放ち始める。
アレスティアという大いなる存在がのしかかってくる。
もう息をするのさえ苦しい、でも手を止めることはない。
――意識が研ぎ澄まされる。
抑え込んでいた、自分の中の魔力を解放させる。
(まだ、足りない)
さすがに、苦しい。魔力がほしい。もっと、もっと。
(――お願い、魔力を。無限なる魔力を私に――)
“それを、願うか?”
頭の中に響く声に、ためらうことなく頷く。
“己という存在が壊れるが、それでも力を望むか?”
「ええ。あなたの魔力を、すべて私に。アレスティアを支えるほどの魔力を、私に」
息の合間に、願う。
自分は魔力を受けるただの器となり、溢れて、最後は消えるだろう。
それでも、アレスティアを支える柱になればいい。
だって、そのために、この世界にきたんでしょ?
そのために、この世界に呼ばれたのだから。
見知らぬ世界、泣いている子供、でもそこからは弾き飛ばされて、このために私はいる。
(肉体も、魂も、すべて消えてもいい。その魔力を受ける器になるために、私にあなたの魔力を)
「――頂戴。我が君」
――枷を一気に外す。自分を媒介にして強い魔力を、魔法陣に流れ込ませる。
激痛が身体を貫いた。
「うっ……くう」
強大な存在の力がリュクスに流れ込む、魔法士の主従契約とは本来そういうものだ。
ユーナが誰かに吹き込まれたものは意味が違う。
強大な力を持つ神々に匹敵するほどの上位存在、それと契約ができるほどの魔力があり、かつ気に入られた者。リュクスは今、彼に願う。
自分に彼の持つわずかばかりの力を注ぎ、そしてアレスティアを支える贄にしてほしいと。
――残像がちらつく。笑顔、そして”親友”の甘い囁き。その言葉に、浮かれて、喜んで、すがりついた。初めての、友達。
『――リュクス。あなたのせいよ』
ユーナの声が頭の中に響き渡る。
『あなたなんて、いなければよかった』
記憶の中の彼女の最期の言葉。
胸をえぐる言葉なのに、彼女の方がえぐられているようだった。
その声が頭に響いた途端に、リュクスは目を見開いた。
――集中が切れた。器と化していた自分が、自分を取り戻す。
強大な魔法ほど、繊細な調整が必要。その時に一切の思考の乱れは許されない。
リュクスに流れ込んでいた魔力が弾けて、魔法陣にも亀裂が走る。
リュクスの強大な魔力と魔法陣がずれて、――弾けた。
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