第7話.託す思いと決意

 フェッダは天にあるアレスティアとは正反対に位置する地下世界にある国だ。

 アレスティアに忠誠を誓い、地下に身を置く彼らが、この重要な儀式の最中に、しかも、攻め込んでくるなんて理解できなかった。


(――攻めるって、何? なぜ?) 


「ま、魔法障壁があるだろう!? アレスティアを攻めることなんてできん」


 年配の魔法士が報告にきた下位の魔法士に叫び返す。


 天空のアレスティアを保護する魔法防御壁を構築したのは自分だ。その自分が何も感じていない。

 まさか、という疑いの方が強いのに、周囲から聞こえてくる喧騒が現実を突き付けてくる。


(ユーナは大丈夫なの?)


 フィラスは? 騎士は? 王子達は?


「陛下たちは?」


 頭の中は呆然としているのに反射のように口が動く。 


「わかりません、すでにフェッダ軍は深く入り込りこんでいますっ! 内通者がいるとしか思えません。何とかしてくださいっ」

「魔力障壁は、外部にしか効かない。内部の守りは兵たちの管轄だ」


 レイリーの返しにリュクスも我に返る。

 アレスティア全土を覆う透明なドーム型の防御壁は外部からの侵入は阻むが、内部の敵は防げない。


(内通者が……いる?)


『――私ね、妹がいるの。あちらに帰ったら、世界を救ったって自慢するわ』


 仲が良かった頃のユーナの無邪気な声。「大役が負担じゃないのか」と心配した時に彼女はそう言った。


『自分みたいな存在が、世界を救うなんてすごいじゃない。まるで物語の主役みたいね』


 聖女の無邪気な物言いが反発を招いたことがある。


 ――まるで『物語の主役』この世界の自分達にとっては死活問題なのに。

 でも、リュクスは何も言えなかった、引っ掛かりを感じても。


 反対に、レダは強く反発するようになっていたようだ。次第に聖女の一言一言全てに文句をつけるようになっていった。


 でも思う。


 その大役を担わせていたのは自分たちだ。だから、彼女に文句をつけるのは筋違いだと思っていた。けれど、同時に彼ら神官達の苦悩も悔しさも感じ取る時はあった。


 神官たちは、魔法士とは違う。けれど彼らも厳しい修行を行っている。

 別世界から来たユーナが楽々とオラクル神聖魔法を使いこなし、どんなに修行をしても敵わないという事実をつきつけた。


 レダの厳しい反発、神官長のユーナに対する叱責はそこにも原因があったと思う。


 聖女が偽物と言われることに憤っていたリュクスに、ユーナは一切反論しなかった。『リュクスが信じてくれればいいの』。そう言って微笑んでいた昔の彼女を思い出す。


 ユーナはレダや神官長から『未熟で拙い魔法だ』と厳しく叱責されていると彼女から聞いていたのは、リュクス一人。彼らとの確執を知っていたのは私だけだった。


 敵を作る原因が彼女の失言でもあると、他に仲間も友人もいない私が指摘できるわけがなかった。

 少しずつ陰りが見えていく彼女の笑顔。


『世界を救って自慢するわ』


 ――無邪気に笑うユーナはもういない。


 難なくオラクルを使いこなす聖女をみて嫉妬を崇拝に転換させた者、敵愾心を燃やした者、どちらも彼らの心の防衛だから収拾がつかなかった。


 彼女の周囲は取り巻きと彼女に反発し否定するものに二分し、更に取り巻き連中と反発者を煽る者、それぞれが膨れ上がる始末だった。


 ユーナは戸惑い、そして彼らすべてに好かれようとして、最後は――壊れた。


 追いつめられたユーナが、アレスティアを憎んだとしたら。

 ……それを責められない。


(いいえ、女神との契約に向かったユーナにはそんな余裕はない)


 疑えばどこまでも、疑えてしまう。考えをふりきる。


「司殿、副司殿! フェッダ兵を追い払いください。他の魔法士は残っておりません」


 秘儀を隠すため、そして女神の更新時には一時的に魔法が消滅する。

 魔物たちが外部から襲ってくることに備えて、他の魔法士達はディアノブルの塔の外部にでている。


「冗談じゃない。我々はアレスティアの浮上に専念するのみ」

「そもそも女神の力は感じない、魔法は使えるのか!?」


 喧噪が響き渡り、リュクスは我に返る。

 魔法士たちの言葉には怯えが混じっている。


(おちついて、おちついて)


 作り上げてきた冷静さを身にまとう、どんな時でも動じないのが私だ。


 動揺して叫んでいるのは、リュクスの倍以上の年齢の男性たち。


 そして自分はディアノブルの塔の司。魔法の番人。塔の魔法士の頂点に立つ存在。十歳でこの位についてから二年。


 侮られるたびに実力で黙らせてきた。けして、魔法を間違えることがない。


「――あなた達は、逃げなさい」


 この場にいる魔法士たちに言い放つ。


「アレスティアは墜ちます。フェッダ軍は、私が対応します。残った者たちを誘導し早く避難を」

「何を言い出すんだ」

 

 副司のレイリーに目を向ける。アレスティア人の黄色の目ではないと嫌みを言われてきた碧蒼の目を、彼に向けてまっすぐに見返す。


「私はアレスティアと共にフェッダを道連れにします。そしてまたアレスティアを浮上させましょう」


 最後の責任を取るのは自分。唖然とした彼に、リュクスはわずかに口角をあげて微笑みにも似た何かを浮かべた。


「あとは、あなたに任せたわ、レイリー」


 毅然とした態度に、彼にためらいが見える。何かを言いかけて黙る口。

 塔のきしむ音に上げた誰かの悲鳴が引き金となる。


「魔法士達は俺に続け。半数は赤の間にて転移陣を展開。残ったものを救助をし、そこで合流する。行くぞっ」


 彼の号令に、魔法士達が駆け出した。

 灰色のローブ姿達が消えていく。


 最高位の黒のローブが自分、次がレイリーの青、そして灰色。レイリーはちらりとリュクスを見て、何かをまた言いかけて、けれど何も言わずに背中を見せた。


 翻る青が戸口に消えたと同時に、リュクスは魔法陣を見据えた。


 感情が凪いでいく。軋みも喧噪も落ちる感覚も、もう気にならなくなっていた。

 目の前の巨大魔法陣、そして上で回転しながらパラパラと崩れていく球体を眺めた。


 この球体はアレスティアを表していた。魔法陣は魔法士達の集積した魔力を下から、集積した女神の力を上から天球へ注ぐように作られている。


 上下からの力の対流で、球体は浮上し自転する仕組みになっている。

 すでに女神の力も、他の魔法士の力もない。


 ――だったら。自分一人でアレスティアを支える。

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