第40話

 あの真夜中の戦いから一ヵ月が経過し、僕は何をしているのかと言うと。


「やっほー! いやー個室の病室って良いわねぇ、クーラーガンガンに効いてるし三食届けてくれるし最高にダラダラできるじゃないのよ、ダメ人間まっしぐらね!」


 ガラガラと白い部屋の白い扉がスライドしたかと思ったら、カレンがお見舞いの果物をバスケットに入れて運んできてくれた。魔法使いの装いは仕事服なのか、今は白のワンピースに麦わら帽子という、夏休みに出てくる妖精みたいな恰好をしている。


 お見舞い。そう、僕は今入院中なのだ。そりゃ当然というものだろう、まず超覚醒防犯ブザーによる闘争本能の強制解放によって全身の筋肉が常時活発状態になり、そんな状態でオウグのスタンガンを浴びたのだ。改造されていたのか、通常のスタンガンよりも強力な電圧だったのか、体中の神経がバカになっていた。そんな身体に鞭打ってしーちゃんの暴走を止めようとして身体を張ったのだ、いつ気を失ってもおかしくなかった。そして目が覚めたら病室だったということだ。


「カレンさん、病院では静かにって看護師さんが言ってたじゃないですか」


 と声を細めてカレンに注意しているのは、しーちゃん、いや、緑山優だ。変わらず全身紺色の長袖長ズボンという色気が全くないファッションで、首に引っかけたキャップのゴムが長くウェーブのかかった黒髪を纏めている。僕はそんな彼女を見て少し目を丸くした。気づかれたのか、目が合う。更に声が細くなりカレンの背に隠れた。


「え、ええと、そろそろ退院ですね、あははは」


「何故隠れるよ、別に睨んでるわけじゃないんだから」


 ううむ、まともにコミュニケーションが取れてきたと思ったのだが、まだまだ時間がかかるということか。


 端的に言うと、優の記憶が回復しつつあるらしい。オウグ曰く「記憶は盗んだとしても完全に記憶を盗めたわけではないらしく、何かをきっかけにその記憶が徐々に回復しているのかもしれない」とのこと。記憶を盗んだ人の中でそういう人がいたんだろうか。だが回復を待つくらいなら盗んだ記憶を返せばいいのではと聞いてみたところ「記憶が重複することで意識に混乱が生じる恐れがあるからできない」だそうだ。なので優がもっとまともにコミュニケーションするにはまだまだリハビリが必要らしい。


 隠れる優に、カレンが振り返って自身の前に優を引っ張った。


「そうよ、これから仕事とかする時不便でしょうが、今の内に仲良くなっておかないと!」


「あわわわ!?」


 と前に出される。バスケットのりんご並に赤くなった顔が、ふかふかお布団の僕を見下ろしていた。


「……」


「……」


「い、良い天気、ですね」


「ああ、まぁそうだな」


  再び沈黙が支配した。


「……」


「……(誰か助けてー!)」


 ガラガラガラ! と扉がスライドする音がした! ナイス!


「サツキさん! 退院の準備進んでますか? ってカレンさん何また果物持ってきてるんですか! 血糖値無駄に上げないでくださいよ! 没収です!」


「ちょ、これは病院で食べるから風情があるんじゃないの! 取らないで! せめて皮むきさせて!」


 突然の看護師さんの来訪に僕は助けられたのだった。


***


 退院準備を済ませて病院を後にすると、外は夕陽が暮れかかっていた。もう夕飯の時間のため、僕らはその足でギルドへと向かっていた。今ならマスターの調理ライブをしているころだろう。つーか異世界に太陽があることに今更ながら驚く。そういえば月明りもあったような。まぁ今はそこを考えても仕方がないだろう。

 丸い取っ手を握りしめ、漆で照りのある扉を押し開ける。


「木を隠すならーーー!?」

「森の中っ!」

「ちげーだろ俺らが食いてぇのはっ!?」

「ハヤシ! ハヤシ! ハヤシラーイス! ハヤシ! ハヤシ! ハヤシラーイス!」


 薄暗い中色とりどりのレーザーが放射状にステージを照らし、そのど真ん中で歌っているマスターの姿が見えた。エレキギターの音色がイナズマのように駆け巡る。今日はロック調なようだ。僕はそそくさと外の光を入れまいと扉を閉める。カレンが真っ先に人の中をかき分けて真ん中に入って行った。味見したいからだな? 優は轟音に耳を押さえていた。そっとしておいてやろう。


「退院おめでとう、良くなって何よりだ」


 そう僕の退院を祝ってくれたのが誰であろう、後方彼氏面古参ファン、もといこの国ディネクスを統治する王、オウグである。今日も今日とてみすぼらしいマントを羽織り、腕を組んでライブを見守っていた。僕はその姿に警戒なく近づき、同じ方へ視線を向ける。


「そりゃどうも、ま、僕も感謝してるよ一応」


「いや、感謝をすべきは俺さ、君の意見のお陰で記憶を奪わずに済むのかもしれないのだからね」


 転移者の崩壊、それは自殺衝動がクリエイトエナジーを伝い、自身を蝕むことによって引き起こされる現象だ。人間生きていれば死にたくなる時もあるだろう、死にたいくらい嫌になる時がいつでも訪れる。だからそれを支える何かが必要だった。転んだとしても、死んでも起き上がるための人生のモチベーションが必要だった。それは人によって様々ある。友のため、恋人のため、ペットのため、家族のため、国民のため、等々。僕はそれを教えただけである。そして重要なのが、その要素をどのように国というシステムに落とし込むのか、ということだった。そして施行されたのが。


「複数人共同活動の強制制度、通称『ネスト制度』か。ぶっちゃけ耳が痛いんだよなぁあれ」


 簡単に言うと、国の中でグループを形成し、そのグループで共同生活を行うことで社会性を育むというものだ。最低2人、最高4人のネストを形成し、資産や成績を振り分けることで様々助け合うことを可能とした制度だ。


 もっと簡単に言うと「はい、二人組作ってー」である。いっつも先生と組まされたんだよなぁ。体育の準備運動。

 オウグはため息を吐いて肩を落とした。


「耳が痛いのはこっちだよ、色々と問題が山積みでね、ただネストを作ったらいいというものでもないらしい、男女2人ずつで1人の男が女2人と二股したり、1人を3人がいじめたりと、ね。本当にこれでよかったんだろうか……」


「良いわけあるかよ。最初に失敗するのなんて当たり前なんだから。味見して、味見して、実験して、実験して、失敗して、失敗する。それでも理想に近づくために調整を欠かさないのがお前の仕事だろうが」


 何気なしに言ったセリフだったが、今までの僕が言えたことではない。そんな理想すらも抱けなかったのだから。守るものも無ければ、貫く信念もない、ただただ周りの批難を恐れて怯え、不幸だと無理やり定義して生きてきただけの臆病者だったくせに。


 けれど今は違う。僕には1つ、これは大事だって思えるものに気づいた。僕のような暗い人間を照らしてくれる光があるんだってことを。その気づきこそが大事だったのだ、大事なものが自分の中で明確になれば、人は迷いなく自分の信念を貫くことができる。今その光は、スプーンをライブのサイリウムみたいにして前後に揺らして飛び跳ねているが。お行儀が悪い。


「そうだな、ああ、そうだとも」


 顔を落として自嘲気味に笑うオウグ。そんなオウグに突如、厨房ステージで使われていたスポットライトが一気に向けられる。そしてマスターの快活な言葉がスピーカーによって轟いた。



「へいへーい! そこの壁にもたれてる兄ちゃんもよぉ! 食ってけノッテけ盛り上がっていこうぜベイベー!」



 指をくいくいとカモンの合図を送るオウグに向かってぽかーんと口を開ける。そんなオウグに周囲の視線も一気に集まる。オウグの登壇が待ち望まれていた。僕は急いで肘でつついて促す。


「行ってこい、今日はお前が主役だ」


 オウグは諦めたようため息を吐いて、しかし楽しげに笑い壁に預けた腰を持ち上げた。


「ったく、本当にあいつは、相変わらずだな」


 その薄汚いローブを脱ぎ捨てて、身軽で簡素な動きやすいシャツ1枚で走り出す。

 今まで盗むことで生きてきた男が、国民の皆から声援を送られ、道を譲られながら――。

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幻創世界の異端者達(ディビアント)~迷いを払う、大切の力~ こへへい @k_oh_e

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