第37話

 僕は今まで、不幸な運命を背負って生きてきた。その中には動物園を脱走したライオンに襲われたり、野猿に追い回されたりということもあった。

 だがそれは違う、僕は不幸なんかじゃなかった。不幸の星も、神のいたずらも、悪霊も呪いもありはしない。あるのはただ、自分を不幸だと決めつけていた自分の認識だけだった。ライオンが脱走したのなんて僕は全くの無関係だし、野猿に追い回されたのも猿出没注意の看板を見たにも関わらず食べ物を携帯して上で遠足の山で遭難した僕の落ち度ってだけなのだ。落ち度であって、不幸ではない。然るべき対処をすれば解決できるのだから。


 そして今、僕はその然るべき対処を行うことができる。事実を正しく認識し、バイアスを限りなくゼロに近い状態で解釈することができる。自分でも驚くほどクリアなメンタルになっていた。見える景色は鮮明で、聞こえる音は淀みなく、あらゆる五感が研ぎ澄まされて、僕に情報を伝えてくれる。


 今、サーベルタイガーやタスマニアタイガー等の絶滅した動物が、森の木々をかいくぐり襲ってきているという情報を。


「くっ!?」


 マスターからの連絡が頭に届いた瞬間から、四方八方から様々な動物が暗闇の中目を光らせて突進してくる。それをキーチェーンや超瞬発上履きを利用して木々に飛び移りなんとか避けるのが精いっぱいで、なかなかしーちゃんに近づくことができないでいた。


「わんわん(おい早くせぇ! 何をたらたらしとるんじゃ!)」


「そりゃ近づきたいのは山々なんだがな、この数は流石にきついってば!」


 一瞬木に摑まって向かうべき方角を見る。地面には恐竜、木々には猿、空には月明りを覆うほどの大型猛禽類達。総数は……数えた数字を割り出すことを無駄だと考え直すには十分な数だった。その目が全て僕に向けられていた。その全てをかいくぐってしーちゃんに対してこのヤクザ犬を連れて行かなければならないのだ。弾幕ゲーの最高難易度を初見でさせられている気分だった。


 殺す。

 殺す。

 人間、殺す。

 敵。

 敵。

 敵。

 敵。

 敵!


 視線の全てから、そのような敵意が込められているような気がした。きっとクリエイトエナジーを通じて彼らのイメージを受信しているのかもしれない。

 だが僕の妄想が生み出した、僕を責める第三者とは違う。ちゃんと存在する生き物の感情だった。だからか、自然とクリアに受け止めることができる。つっても、何かてこ入れが無いとじり貧だ、せめて動物の行動に法則性があればいいのだが。


 人間、殺す? 敵?

 そういえば、初めてしーちゃんが僕とカレンに襲い掛かった時も、人間がどうのとか言っていたような。人間に恨みがあるってことか? その感情が動物達にも伝染している?


 その仮説を考えると、是が非でもしーちゃんを止めなければ、事は彼女だけに留まらない。今国中で引き起こされている動物の暴走にも関わってくるってことだ。

 あれ、何故感情が伝染している? ……いや、それはクリエイトエナジーがイメージとなって感情が伝わって……と言ってもそれって一方通行だよな? さっきの動物たちから僕に発せられる感情のように。


 いや、違う。問題はそこではない。しーちゃんのイメージが動物達に伝わっているとして、何故それを鵜呑みにして動物達が動いているのか、だ。まさか転移してから国中の動物の心を懐柔したとは思えない。何等かの力が働いているのかも。しーちゃんから動物への力が。まぁ僕らもその逆で、このヤクザ犬からしーちゃんへ働きかけようとしているわけだが。


 ならば、動物から動物に働きかけるってのもできないだろうか? ……できる。僕は既にそれを見たことがある。


「おい、お前が暴れる動物達に語り掛けてみてくれないか? この前蜂をそれで追い返してくれたことがあっただろう?」


「がうがう(そんなこともあったのぉ、よっしゃ任せとけ)!」


 そう元気な返事を聞いてから、僕はプラスティックでできたメガホンを物質創造した。それから同じ高さで僕らを見張っていた猿に向かってメガホンとヤクザ犬を向ける。ぐるぐると喉が鳴ってから。


「ぅぅぅぅぅぅわん(てめぇらに用はないんじゃどけやこの低能ボケ畜生共が)!!!!!」


 と吠えた。すると猿がそれに反応して。


「うぎゃぎゃぎゃぎゃーーー!!」


 と激昂して突っ込んできた。


「そりゃそうなるよね! あんな言い方したらそうなるよね!」


 他の動物達も聞こえていたようで、一斉に僕に向かって飛び込んできた。この犬がなまじ動物と話せる分普通に内容が伝わって質が悪かった。言い方って大事だよね、言う人も大事だよね。


 しかしどうしたものか、余計に距離が離されてしまったではないか。他に手段はないものか。落ち着かせることができればいいのだ、攻撃は闘争本能や縄張り意識的なスイッチを入れてしまう恐れがあるからやりたくないし、しーちゃんの心象も悪くなる。説得しようって心づもりなのにそれは避けたかった。


 木の枝の上で周囲に気を配りながら考えていると、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリという不穏な音が聞こえてきた。

 その方を、背後の下の方へと振り向く。そこには、悪意がたっぷりの表情をしたリスが、僕が足場にしている枝を歯で削っているではないか!


「やばっ!?」


 枝が完全に削られる前に、僕の自重によって枝が折れる。そのまま落下するところを、キーチェーンを更に上の枝に引っかけてなんとか事なきを得た。

 が、更にピンチに追い込まれてしまった。


 下には、ぐるぐると喉を鳴らすタイガーたち。

 見上げると、大きな音で空を旋回する大型猛禽類。

 そして、キーチェーンをひっかけた枝を食い削ろうとする、げっ歯類の姿。

 少しでも気を抜けないし、早く次の行動に移らないとゲームオーバー。そんな状態で僕が閃くと同時に、マスターからギルドメンバーへの全体連絡が入った。その内容は、僕の閃きと寸分違わない内容だった。


『「ヒールだ! リラックス効果のあるヒールで、動物達を鎮静化させるんだ!」』

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