第35話
「良かったのか、彼を一人で行かせても」
オウグはしーちゃんに地面に叩きつけられたカゲローにヒールによる治療を施しながら、傍らで見張るカレンに向かって尋ねた。カレンは自慢げに、しかし細めた目でオウグに返す。
「さっきあの子も言ってたでしょ? 私は貴方に余計なことさせないためにここにいるの。それなのに追いかけたら失礼でしょうが」
「彼女の、緑山優のあの状態を見ただろう? とても一人でどうにかなる状態ではない。崩壊の進行も進んでいるが、それ以上にどんどんと自分を人間離れさせていっている。一人で任せるには状況が悪いんじゃないのか?」
「そう言って私の目を掻い潜ろうったってそうはいかないわよ? 仲間の回復くらいなら許してあげるけど」
それは良いんだ、という認知的不協和に陥りながらも、カレンのカレンらしさに少し胸をなでおろすオウグ。その目に対してカレンはへの字口になった。
「ねぇ、さっきからなーんか近所のおじさん感ある視線するけど、何なの? マジキモいからやめてほしいんですけど」
「……あはは、そうだね、……キモい、か」
なでおろした胸に矢でも突き刺さった気分になるオウグだった。
やり取りで気持ちが弛緩したことで考えが逸れたのか、オウグに対してカレンが聞いた。
「それにしてもサツキが言ってた、あなたが崩壊しない理由って何なのかしら? 心当たりは無いの?」
「あったら記憶なんて盗まないさ、崩壊が防げるならそんなこと絶対にしない」
カレンはそのセリフに少し面食らう。理由が予想外といよりも、記憶を盗む理由がちゃんと存在し、致し方なく行っているということに驚いたのだ。
オウグは苦虫を噛み潰したよう顔でそう呟くが、「だが」と続けた。
「俺が
オウグは不思議だった。何故崩壊のことについて聞かれたのに、王のための国造りを想起したのか。全く無関係なんじゃないのか?
そう眉をひそめた時、カゲローが気がついた。伸ばした腕がオウグの腕を握る。
「王……」
「カゲロー! 無事か!?」
「……お陰様で、お手数をおかけしました」
「何を言う、命を下した俺の責任だ」
「良いんです、ゲロは王のために動いている事が一番幸せなんですからね、だから、ゲロは王が苦しむ顔なんて見たくないんです」
朦朧とする意識の中で、カゲローが優しく言う。カゲローはオウグが本当の王の次に記憶を奪った転移者だった。自分の過去に絶望し、未来に絶望するカゲローだった。
記憶を奪われてからは、オウグはカゲローにとって育ての親のような存在だった。それから苦しむ転移者を救うという理念に共感し、彼の下で働いている。
尊敬する彼のために、自分を救ってくれた彼のために働けることが、カゲローにとって史上の喜びであり、存在意義となっていたのだ。オウグは彼の意思と、自分の意思、そしてサツキの意思を重ねることで、ほくそ笑む。
「そうか、そういうことだったのか」
そんなカゲローを見つめて、オウグは気づく。再びカレンを見ると、つい顔が綻んでしまった。
「いやだからキモいっての、訴えられたいの?」
綻んだ顔を引きつらせながらも、肩が揺れてしまう。
「人間というのは面白いな、一人では生きていけない、か。そういうことだったとは」
カレンはため息をつくと、再びサツキと優が出ていった方角へと目を向ける。オウグも同じようにそこを見た。
(任せたぞ、君のその気づく力で、彼女を闇から引っ張り出してくれ)
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