第34話
「カレン……お前と言う奴は……」
そう口にしたのは、僕ではない。オウグだ。苦々しい表情を浮かべて、呆れたように額に手を当てている。まぁ、空気読めないキャラクターではあるわな、そりゃそういうリアクションもしたくなるだろう。その性格に僕は救われたわけだが。
「気安く名前呼ばないでくれない? キモイんですけど」
冷たく目を細めるカレンに、オウグは先ほどの砕けた態度から平静を取り戻して向き直った。
「できればカレン、君には危害を加えたくない。転移者の崩壊を止めるためには記憶を盗むしかないんだ。サツキ君が崩壊してしまうのは嫌だろう?」
「大丈夫よ、この子の目はもう死んじゃいないから」
心強いことを言ってくれる。その期待に応えるためにも、僕は反撃に出なければいけない。覚悟を決めて奴の目を睨んだ。
「転移者は崩壊する、お前はそう言ったな?」
「そうだ、それは間違いない」
そう、それは間違いないんだろう。
だが。
「だが、それはそうじゃない。必ずしも崩壊するとは限らない、僕はそのヒントを見出すことができた」
いや、ヒントなんてものじゃない。
これは、希望だ。この異世界にやって来る転移者が、自身の記憶によって、自身の想像力によって引き起こされる崩壊を阻止するための希望なんだ。
そして、人が人として生きるための希望でもある。
「何?」
今度はオウグが僕を睨んだ。それも並大抵の鋭さではない、体を真っ二つにするような鋭さがある。それでも僕は退かない。退くわけにはいかない。隣には、僕を信じてケツを叩いてくれた人がいる。格好つけなきゃ、男じゃないよな。
「お前はどうなんだ?」
「……」オウグは答えない。ただ険しい目が僕を鋭く睨んでいた。
僕は続ける。
「受付嬢が言っていたんだよ、それを思い出した。この国の王様は
オウグは、答えない。理由を聞いても、その理由を答えることはなかった。ただ拳を強く握りしめ歯噛みする。
「確かに、俺は転移者だ。辺境の国で、貧富の差が激しい国だった。俺にとってそこでは盗むことは生きることだった。盗まなければ、生きていけないと思ったから。だが、そのしっぺ返しを食らって、富裕層に殺されてから、この世界に転移してきてから、あいつに出会ってから、それが違うって気づいたんだ」
オウグは更に、悲壮な色を顔に浮かべた。
自分の家族が目の前でズタズタに引き裂かれたような、そんな感情が溢れてくる。
「探したさ! 俺達が生きていた理由をな! だが悠長過ぎたんだよ、理由を見つける前に、あいつは崩壊に達してしまったんだ! どうしたら良かったんだ!? 崩壊の原因である記憶を奪うことが分かっているなら、やるしかないじゃないか! 仕方がないじゃないか!」
「仕方がある!」
僕は確信をもって叫んだ。迷いはなかった。オウグの蛮行を止めるためにも、そして友に頼もしい姿勢を見せるために。指をさして。
「お前が生きている理由、それは――――」
「わんわおーん!」
僕がカッコいい決め台詞を言うタイミングで、重なるように遠吠えが森の奥から響いてきた。突然のことにずっこける。足下にまで下がった視界に映ったのは、元気よく野原を駆ける小汚い雑種犬だった。走る犬は勢いをそのままに僕にどんどん近づいてきて、あんぐりと開けた口で僕の鼻を覆いかぶせた。そしてガブりとかみつく。
「っってぇーー!」
地面にゴロゴロと転がることで鼻から犬を外す。鼻の穴が増えそうなくらいの食い込み様だった。しっぽを掴んで僕は立ち上がった。
「何すんだヤクザ犬! 急に噛んでんじゃねーよ良いところで!」
「わん(うるせぇクソガキが)! わん(貴様にお嬢を任せるんじゃなかったわ!)」
「あ? しーちゃんがどうかしたのか?」
しーちゃんに思いを巡らせたところで、そういえばカレンはしーちゃんと寝ていたはずだということに気が付いた。良い感じに助けてくれた遅れてやってくるヒーローって感じではあったけれど、今思うと何故助けに来れたのかが不思議だ。そう思ってカレンを見る。
「そうだった! 私しーちゃん探すために出てたんだった!」
がっくーんと、両手を頬に当てて自分にショックしているカレンだった。折角心から尊敬していたのに、評判をプラスマイナスゼロにしなければ気が済まないのかこいつは。しかしそれでこそカレンってことでもあるのだが。
なら、しーちゃんは今、カレンの部屋にいないことになる。
なら、しーちゃんは今、どこにいる?
――――ゾワッ!?
この感覚は、この嫌な予感は、感じたことがある。
敵意、害意、殺意。その感情がクリエイトエナジーとなり、想像となり、斜め上から鋭く刺さる!
「「カレン、避けろ!」」
僕とオウグの声が同時に響く。何とか敵意の射線からカレンを逸らすことに成功したとき、地面が激しく震え響いた。
何か、大きな力が地面に着地した音だった。
恐るおそる、それを見る。
カゲローが、叩きつけられていた。踏みつけられていた。
人の形をした、獰猛な野獣に。波打つ長い黒髪が、おびただしく空間を支配する。闇のように。
その闇が、夜空に吠えた。
「ゆる! さないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーっ!!!!」
しーちゃんの様子を見て、僕は察した。彼女は今、吞まれている。自分の感情に、負の思い出に、幻のネガティブで周りが見えなくなっている。僕も先程まではそうだった。
彼女をそこから解放するためには、心からその思考を省みれるようなメンタルに戻す必要があるだろう。とてもじゃないが、僕には無理だ。
そう、信頼のおける家族でもない限りは。僕は掴んだしっぽを頭まで上げて、ヤクザ犬を乗せた。
「分かってるな? お前しか彼女を解放できない。僕がその道を全力で作る」
「わん(お前に言われるのは癪じゃけどな)、がるる(お嬢を救うためならわしゃなんだってやったるわ)」
爪が食い込まんばかりに頭にしっかりと前足を固定するその力からは、彼なりの覚悟が感じられた。
僕は視線だけを振り向き、カレンに言う。
「そいつを頼む、背中は任せたぜ、相棒!」
「任された!」
元気のいい返事を皮切りに、僕は叫んだ。
「フル武装! 不幸対策七つ道具!」
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