第31話

 親はいない。僕が生まれた時に母が他界し、父は同日病院から連絡を受けて仕事場から病院に向かってくれたらしいのだけれど、夜が深く、更に大雨も祟って事故に遭い死亡した。


 僕のせいだ。


 身寄りのない僕は母方の親戚に育てられることになったのだが、急に子供の面倒を見なければならないことになったため、その親戚は生活の余裕を失うことになる。それでも日本の法律的に扶養義務が生じる親類に当たるので育てなければならなかった。やがてそのストレスは幼少の僕に向くことになり、しかしそれが児童相談所に感づかれて逮捕された。


 僕のせいだ。


 里親を希望してくれた老夫婦がいたらしいが、僕を引き取ってから数週間後、二人とも別の急病で心肺停止し、数日後に他界した。病院先生曰く持病が悪化したとのことらしいが、今まで安定していただけに不思議がっていた。


 僕のせいだ。

 


 紆余曲折あって、僕はある児童養護施設に預けられることになる。当時中学1年生。何の変哲もないただの施設に僕は預けられた。施設の大人は僕の背景が異質過ぎることで引き起こされるいじめを恐れたのか、施設に元居た子たちへの僕の紹介でも当たり障りないことしか紹介しなかった。しかし学校という無数の人間が絡み合う空間ではそうはいかず、転校を繰り返しているという要素が悪い興味を惹いて、やがて僕は学校の人から避けられるようになった。不幸を呼ぶ男だと。


「不幸を呼ぶって、実際どんな感じなんだー? 教えてくれよ、俺ぁお前の不幸ってのがイマイチ理解できなくってよー」


 出る杭が打たれるように、埋まり過ぎた杭もそれはそれで目立つ。上手に学校校舎の人通りが少ない割に風通しがよく、大きな木々によって日陰になるスポットで昼飯のおにぎりを食べてると、上から大声が聞こえてきた。そういえばトイレの窓からここを見下ろすことができることが唯一の難点なんだよな、と思い首の角度を上へ上へと上げていく。二階、三階、四階と、トイレの窓は締まっていた。ということは……更に首を上げると、屋上に人影が空を背にしているのが見えた。フェンスがあったと思うんだけれど、乗り越えたの?


「よっと」


「よっと!?」


 彼は当然のように屋上から飛び降りた。上から人が落ちた時のことを一瞬想像して僕は目をぐっと閉じた。だが地面に鈍い振動が伝わることはなく、代わりに上から枝や葉っぱが大きな音を立てて大量に落ちる。コテンコテンと枝葉が頭や肩に落ちてくる。


「悪い悪い! でも弁当じゃなくてコンビニおにぎりなんだし、別に葉っぱとか入らなかったよな」


 と、陽気に木から地面に降り立つ男。僕は睨みつけて食べかけのおにぎりを指し示した。緑色にトゲトゲが激しい感じの具が乗っかったおにぎりを。


「おい、毛虫ついたぞこの野郎」


「っぷは! マジ不幸なのな! 落ちてきたのが手じゃなくておにぎりに乗っかったってのは不幸中の幸いだろ!」


 俺の不幸の分まで笑い飛ばすほどの幸せオーラを放つ男が、そこにいた。

 これが僕と、皇終すめらぎしゅうとの出会いだった。


 皇と言えば、昔から天才の遺伝子を親族に継がせることで、優秀な人材をDNAレベルで開発、育成し、それを後世の先導者とし、今では世界の財政の5分の1を牛耳る大財閥である。あらゆる事業を展開させ、アパレルやソフトウェア、フードチェーンや子供のおもちゃまで、もしかすると人生のおはようからおやすみまで、皇財閥の商品に触れず生きていくことはできないのではないかと思われるほど幅広い。そんな大会社というか、もうなんか実質経済大国みたいなものの社長の一人息子こそが、あの皇終なのである。世界中からあらゆる優秀な遺伝子を掛け合わせていることが多いためか地毛から金髪で、鼻は特に高いことはないものの、目鼻立ちのバランスが美少年過ぎて女の子にも見えるくらいだった。しかし容姿だけではない、テストは当然のように全科目満点だし、スポーツも万能。こういう何でもできる系超人は出来過ぎて人間関係の構築に苦労するのが相場で決まっているはずなのだが、しかし彼は友達が多かった。後から聞いた話、あらゆる優秀な人材を見定める目を養うことが一番重要だと教えられているらしく、そのための社交スキルを後天的に叩きこまれているようなのだ。それもお貴族様のような社交性ではなく、俗世間を理解し、心を触れ合わせ社会を知るための社交力と来たもんだ。優秀過ぎて寒気がした。


「コンビニ飯なんて栄養偏るぜ、野菜食おうぜ? 毛虫と一緒に食おうぜ? な?」


「なんで毛虫とランチしなきゃならねーんだよ、それになんで毛虫に俺の食を合わせなきゃいけねーんだよ。好きなんだからいいだろ別に」


 という軽口を交わす昼休みが一週間ほど続いた。人と話すことなんて最近はなかったため、楽しくもあり、嬉しくもあり。けれど、僕に近づいた人間がまた離れるんじゃないかという不安が、常に付きまとっていた。


 何故僕に構うのかは分からない、僕は君に釣り合うほどの人間じゃないのに、僕なんてただの一般人でしかないのに。それどころか最低の不幸をもたらす人間なのに。それでも彼は僕の隣にいる。それが嬉しくもあったけれど、妬ましくもあった。光が強ければ強いほど、影の黒さは際立ってしまうから。己の矮小さを突きつけられるような気分になるから。現に日に日に周囲からそういう噂が耳に届き、ただでさえ居心地が悪いクラスが更に悪くなっていたのだ。


 ある日、だから聞いてみた。


「なぁ、なんで僕なんかといつも昼休みにご飯を食べるんだ? もっと他に、頭が良かったり、運動ができたりする人がいるだろう」


「そりゃ探せば1人や2人そういうただ単に優秀なのは出てくるだろうな」


 と終は即答した。という言葉に引っかかりを覚えたが、それを引き合いに出す前に、彼はそこからつけ加えた。


「けど、なーんかまんねりって感じなんだよな。ほら、スパイスが足らないんだよ。それもただのスパイスじゃだめだ。俺の常識を覆す、世界の常識を覆してくれるような、そんな人間は、探しても早々見つかるもんじゃねぇ」


 そう言われて、思わず期待した。もしかすると、彼には僕がそのような特別な人間に見えたのだろうか? 皇は人間を見定めるよう育てられてきている、そんな男から見た僕は、きっとテレビでよく見るような、もしかすると物語に出てくる主人公のような、特別な資質を備えているんじゃないだろうかと。


 けど、その期待は一瞬で冷めた。そんなわけがない。僕が特別なわけがない。ニュアンスが違う。特別ではなく、異質。忌避されるべき奇異だ。なら、僕は何故彼と一緒に時間を過ごしているのだろうか。


 その答えは、すぐに言葉としてやってきた。舌なめずりをして、妖しい顔で、凡そ友達と呼ぶべき人に向けるような顔ではないほどの笑みを浮かべて。


「だがお前は、永遠に探しても見つからないって思ったんだ。お前みたいな、最高に狂った奴は、さ」

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