第30話

 捨ててしまえだと? 捨てられるものならとっくに捨てているさ。けど、僕は死んでもこうして生きてしまっている。

 何が異世界転移だ、転生だ。あんなのまるっきり夢物語じゃねーかよ。次の人生なら幸せになるんじゃなかったのか。自分を誇れるような人生になるんじゃなかったのか。明日を楽しみになるような、胸が躍る夜を迎えられるはずじゃなかったのか。


「捨ててしまえ」


 聞こえた言葉が、頭の中で繰り返される。だから、捨てられるものなら。

 記憶を捨てれば、僕の人生は、捨てられる? 今度こそ? もうこんな、不幸な人生を送らなくても良いのか? 不幸が誰かを蝕む事、その責任を取らなくても良いのか?


「嫌だ!」


 夜に、僕は叫んでいた。思い出したからだ。

 カレンとしーちゃん、そしてあの絶滅動物やヤクザ犬の事。みんな誰かを思っている。すげぇと思った、羨ましいと思った、尊敬することができた。

 そして、彼らを危機から救えるのは、僕だけなんだ。僕があの王様を止めなければ、

 

 僕のせいになってしまう。


 見据えるはボロ布を纏った王様。不幸対策七つ道具は彼の後ろにあるから使えない、しかし一つ、構造が単純だから即作れることが実証済みの道具がある!


「物質創造! 超伸縮キーチェーン!」


 キーチェーンをカウボーイのロープの如くぐるぐると回す。それをオウグ目掛けて投げつけた。オウグは咄嗟のことで足が動かなかったのか、腕でキーが顔に直撃しないよう防御する。そこでキーチェーンをコントロールすることで、オウグの腕に巻き付けることに成功した。オウグは表情を変えずに呟く。


「くだらないな」


「そうでもない!」


 僕は足を浮かせた。それも相手に飛び込むように。そして十分伸びたキーチェーンが僕の身体をオウグのところまで引っ張る。オウグもその策に気づいたようで、ボロマントの影から何か武器のようなものを取り出そうとしていた。だが僕の目的はそっちじゃない。オウグにぶつかる瞬間に手を離す。近づく僕に何かを差し向けようとしていたオウグの手が止まり、その横を飛び越えた。その着地点は。


「見つけた、これこれ!」


 不幸対策七つ道具とは、あらゆる不幸を想定して作られている。海のど真ん中や森の中で遭難するかもしれない。上空云千メートルから落ちるかもしれない。通り魔に襲われるかもしれない。等々。そのアイテムは基本的に利用アイテムだ。だがそれはオウグのような、瞬時に奪うことができるトンデモ人間には通用しない。そもそもそんな想定は流石にしていない。


 けど、この七つ道具の中で唯一、消費することで真価を発揮するアイテムがある。そのアイテムを左手で握りしめ、伸びる紐を引っ張る!


「不幸対策七つ道具その3、超覚醒防犯ブザー!」


 ピーーピーーピーーピーーピーーピーーピーーピーー!!!


 けたたましい音が鼓膜を刺激し、一瞬で身体が覚醒する。何かヤバイ状況であることを身体に分からせるために。だがそれだけじゃない。


「うぅぅおぉぉーー!!」


 左手から、体中に電流の刺激が走り抜ける。血液が全てキンキンのサイダーになったような衝撃。これこそが超覚醒防犯ブザーの真骨頂。防犯ブザーとは確かに大きな音を出すことで周囲に危険を知らせることができるアイテムだが、それは他人からの助けが来ることが大前提だ。故に通常は85デシベルほどの音量しか出ない。それでも大きいのだが。しかしこれは100デシベルほどの爆音を出し、更に電流が流れることで、人間に眠る危機意識を強制的に覚醒させることで、一瞬から1分ほどの間身体能力を向上させる。


 その間に安全な場所に逃げるって言うのが本来の使用用途なのだが、今回は違う。奴の目を睨みつけて踏み込む!


「殴り倒す!」


 自分の拳も痛くなるとか知ったことか! こいつを止めるには、アクティブに攻撃するしかない! 雷属性が帯びてそうで帯びていないただのパンチをオウグの顔に向かって伸ばす。


 しかし、奴が取り出そうとしていた物は何だったんだろうか。武器だとは決めつけていたけれど、ナイフとかだったら危険かもしれない。その時点で既に背筋が冷える思いだったのだが。

 取り出したのは、大きな一冊の本だった。分厚く重々しいそれを右手で軽々と持ち、広げた見開きページに左手を突っ込んでいる。

 記憶を奪うことができる、そんな男がただ本を出すだろうか? そして意味深に手をページに突っ込んでいる。

 その情景を認識した瞬間。


 ――――――ゾワッ!!


 今までに感じたことのない寒気が背筋を冷やす。しかしもう勢いがついてしまっている。このまま殴り切るしかない。例えナイフのような鋭利なものだったとしても。そう覚悟していたのだが、ナイフの方がまだマシだったかもしれない。奴がのは。


 スタンガンだった。それも特大サイズで電力最強の。拳とスタンガンの先が勢いよくぶつかる!


「うぐっ……くはぁ……っく……

 …………まだだぁ!」


 何故スタンガンなんて出せたのかは知らないがどうでもいい。奴が僕の拳に向かってスタンガンを向けた瞬間、手を開いた。その手でスタンガンを掴み相手の身体をロックする。勿論電流が痛くて死にそうになるけれど、それは大丈夫、超覚醒防犯ブザーの人体実験第一号である僕はある程度の電流に耐性がある。超痛いけど!


 右手でオウグをロックしたまま、左手で拳を作りオウグの身体に向けて放つ。この一撃で沈んでくれよ。改心のボディブロー。


 が、受け止められた。本の表紙で、軽々と。

 否、僕の身体が鉛のように重くなる。超覚醒防犯ブザーで強制的に覚醒させたところに、更に電流が加わって、体がバグってしまったのか。本来あるはずのない負荷を二度も浴びせたから。


「かつてあらゆる物を恐れる転移者が居てね、彼はあらゆる自衛アイテムを自作したりしていたようだ。そんな彼の記憶から拝借してきたんだよ。今ではすべてを忘れて、こんなアイテムを使わずに平和に暮らしているがな」


 聞いてもいないことをオウグは話す。そして本を懐に収めると、その手で僕の頭を鷲掴みにした。

 もう、体が、動かない。


「君も同じだ、怖い今を忘れて、新しい明日を生きるがいい」

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