第29話

「隠す事もないからはっきり言おう。転移者には崩壊という呪いが常に付きまとっているが、しかし記憶を取り除くことでその崩壊を防ぐことができる。それが俺の目的だ」


 オウグは淡々とそう言った。それが嘘かは定かではないけれど、悔しいが彼からは嘘を吐いている雰囲気は感じられなかった。自分の人生の行く先が定まっている、迷いの無い目をしている。誰が何と言おうとも、自分の役割は決まっていると言うような。

 オウグは問うた。


「サツキ君、君は何故転移者が崩壊すると思う? 何故人が、崩壊という呪いを背負っていると思う?」


 そう言われても分からない、ことも無くはない。人は人生に絶望すれば自死を選ぶことができる生き物だ。その絶望がクリエイトエナジーとなって自分を攻撃した、いわゆる自傷行為ということだ。しかし、僕が見たあのイメージは、何か違う。クリエイトエナジーとは、想像すれば創造することができるはずだ。「自傷を想像する」ことによって、何故自分が崩壊すると言うのだろう。


 そこまで考えた時、何か、点が繋がった気がした。

 そうだ、同じ現象があった。クリエイトエナジーのこのルールに該当しそうでしていなかった、カレンから教わったあの魔法。そういえば、あれ、おかしくないか?


 何故アロマな香りでリラックスすれば、回復するんだ?


 おかしい、人は人だろう。なのに想像によって人に影響を受けていた。それって、つまり――。


「この世界の人は、いや違うな、この世界に生きとし生ける生き物全て、元はクリエイトエナジーから作られているんだ」


 そういう、ことか。そう言われれば納得だ。

 自分自身が回復すると思えば回復する、傷つくと思えば傷つく。クリエイトエナジーによってそれらが発生したのだと思っていたけれど、想像する生き物自身がクリエイトエナジーから生成された物質だというのならば、納得がいく。

 そして、記憶を奪うことで転移者の崩壊を回避できるという言説にも、納得してしまう。


「気づいたようだね、だが付け加えることがもう一つある。転移者には崩壊という呪いが付きまとっていると言っただろう」


 常に、という言葉が反芻される。

 駄目だ、聞くな。こいつはそうやって僕を動揺させようとしているんだ。

 気付くな、考えるな。耳を貸すな、違うだろう。そんなはずはない。

 だが、僕の拒否に反してオウグは言った。


「この世界の生きとし生ける物全て、何らかの弱さを背負ってこの世界にやってくるらしいんだよ。だからこそ、この世界に転移する人間は必ず崩壊してしまうのさ、転移前の弱点が心を蝕んでな」


 何故、しーちゃんのいた森に色んな絶滅動物がいたのか。それはそういうことでもあったわけだ。弱点があるからこそ、地球に生きていられなかった。その要素はこの世界に転移するに十分な素質だったということだ。

 そしてそれは他の転移者も同じ。

 僕だって、同じこと。


「だからこそ、俺はそんな弱点を記憶ごと取り除くことで転移者を守り、誰もが幸せに暮らせる国を造る。俺にはそれができる。あいつの意思を継いでな」


 オウグは変わらず迷いがなかった。言葉は真っすぐに伝わり、僕の心に突き刺さる。


 だがそこで、踏みとどまった。踏みとどまることができた。

 カレンは自分の友達を失い、あのヤクザ犬は家族を失った。思い出が消えると言うことは、そういうことだ。

 そして俺も、友を失った。自分のせいで失った。

 また、会いたい、けど、彼にはもう会えない。彼は死んだ、死んだんだ。僕のせいで、死んだんだ。

 けど、カレンやヤクザ犬は違うじゃないか。思い出せば、記憶を取り戻せば、助けることができる。取り返しがつく。

 だから僕は、屈してはならないんだ。

 『そうだ、お前しかいないのだから』


「お前の言い分はよく分かった、そうだろうとも、嫌な思い出があったら死にたくもなるだろうぜ。だがな、お前の解決方法では、彼らの友達や家族が度外視されている」


 僕はオウグの強い意志に、真正面から向き合った。今にも諦めそうになるけれど、しかし膝はつかなかった。

 オウグは僕のそんな態度に顔をしかめて言った。


「ならば、どうする? 崩壊する転移者達を放っておくというのか?」


「他の方法を探すんだよ! 少なくとも、もうお前の好き放題には絶対にさせない!」


 心の中で開戦のゴングを鳴らし、僕はブレザーのボタンを完全に外してオウグに向かって駆けだした。そのブレザーの内側には、僕がこの偽物の王様と戦うために時間をかけて物質創造した、不幸から身を護るためのアイテムが収まっていたし、身にも纏っていた。

 不幸対策七つ道具、その1『超伸縮キーチェーン』

 不幸対策七つ道具、その2『超防御筆箱シールド』

 不幸対策七つ道具、その3『超覚醒防犯ブザー』

 不幸対策七つ道具、その4『超精密ピッキング彫刻刀』

 不幸対策七つ道具、その5『超音波共振ベル』

 不幸対策七つ道具、その6『超瞬発上靴』

 不幸対策七つ道具、その7『超対衝ブレザー』

 これらは本来攻撃をするためのアイテムではないけれど、応用性を重視して作られている。不幸はいつ何時に現れるか分からないので、その時々に対応できるように作られているのだ。

 つまり、やろうと思えば攻撃にも転用することができるということなのである。

 僕は全身全霊を込めて、全力でこいつを潰す!


 まずはポケットの*****を腕に取り付けてシールドに、そして*****を取り出して攻撃を――――


「――――っ!!?」


 ブレザーのポケットには、何もなかった。どころか、いつの間にか僕はワイシャツで素足という格好になっていた。ちなみにこのワイシャツは正真正銘高校デザインで高校指定の高校の制服である。

 つまり、ブレザーがいつの間にか、ブレザーに収まっている他の不幸対策七つ道具ごと、消えていた。


「探し物はこれか?」


 オウグが声色を変えずにそう言っている、見ると、彼の右手にぶら下がっているのは僕が先ほどまで着ていたブレザーと、それに収納されている不幸対策七つ道具だった。何故だ、何故そこにある? 何が起こった? 何をされたんだ?


「このようなおもちゃが無いと人生を過ごせない、そんな思い出なんて忘れてしまえ、捨ててしまえ!」


 オウグは自身の後方、つまり僕からさらに離れた方へそのブレザーを投げ捨てた。そして苦虫を嚙み潰したようなお顔で吐き捨てる。


「そんなくだらない人生、俺が終わらせてやる」

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