第27話

 夜の一室は、薄暗く不気味な雰囲気に包まれている。壁には影が不気味に伸び、ろうそくの明かりが揺らめき、部屋をぼんやりと照らしている。ある男が座る玉座は影に覆われ、その手間には忠実な家臣が1人黙って跪いている。窓からは月の青白い光が差し込み、床に不気味な影を投げかけていた。


「報告、現在山田サツキが南の森深くに1人でいるようでございます」


 カゲローの主な能力は大地属性と水属性を併用した泥による魔法を操る。その魔法の中でも、遠隔操作と情報伝達を目的としたフロッグアンドロイドは、夜だろうが鮮明な映像の情報をカゲローに情報を伝えてくれる。十数体散らばって監視しているフロッグアンドロイドの一体が、山田サツキの姿を捉えたので王に連絡をしたのだ。


 男はポケットに手を突っ込み、ゴルフボールほどの大きさの欠けた石を取り出した。それは月明りに照らされて青色の光が王室に伸びていた。じっとそれを見つめ、またポケットに入れる。今度は落とさないように、しっかりと。


 男は一見、貧乏なホームレスのように着ている服は古びたもので、色褪せたローブが身体を覆っている。袖は薄汚れており、裾からはほつれた糸がのぞいている。その下には古くてボロボロのシャツが見え、穴だらけのズボンがずり下がっている。靴はぼろぼろで、底がはがれかけているように見える。


 だが、カゲローにはそんな装いなど些事でしかなかった。服装がどれだけみすぼらしくても、貧相でも、薄汚れていても、彼はこのディネクスを統べる王なのだという誇りがあった。


 しかしだからこそ不安だった、そんな王は時折、今のようにポケットの綺麗な石を見つめて悲しそうな顔をするから。


「王、いかがなされますか?」


 カゲローが聞くと、「南の森、墓のところか」呟いて王は少し考え込んだ。再び静寂が訪れて数秒答える。


「……俺が行こう」


「王自ら、ですか?」カゲローは目を見開いた。「ダメです、万が一王がこのようなことをしていると国民にばれたら、信用を失う恐れがあります」


 王は声の調子を揺るがすことなく、逆に問うた。


「確かにそうだな、だがカゲロー、お前は俺の存在意義をどう考えている?」


 カゲローは慎重に言葉を選び「国民を幸せにするためです」と答えた。王は僅かに口角を上げる。


「そうだ、俺は国民が幸せになるために存在している。そして山田サツキはこの国に足を踏み入れた。つまり既に彼もまたこの国の一員だということだ。ならば彼の幸せを第一に考えるべきだろう。たとえ俺がどうなろうともな」


「しかし王、あまりに危険です。以前緑山優をこちらへお連れした時も、最終的に彼女の使役する動物に邪魔されることで失敗してしまいました。屋内ですらこのような危険があるのです。屋外だと更に危険なのでは」


「危険だろうな、どこで国民が王である俺が国民の記憶を抜き取っている様子を見ないとも限らない」と言ったところで、声を少し張った。


「だが、俺よりも今は山田サツキや緑山優の方が危険だ。今でこそ進行していないようだが、いつ身体に支障をきたさないとも限らない。それに山田サツキは恐らく俺を誘っているようだしな」そういうと、王は反対のポケットから緑色の石を取り出した。それを右ポケットから出した青い石に合わせると、隙間なくしっかりとその形が合わさった。


「王、その石は?」


「俺の大切なモノだよ。遠くに埋めていたはずだったのだがな、何故かは知らんが山田サツキが持っていたらしい。それが片方だけ送られてきたということは、もう片方は直接奪ってこいってことだろう」


 カゲローにはその石がどのように重要なのかが分からなかった。さらに山田サツキが王を誘うとして、その狙いが分からない。王を誘うならば真昼間に一目が付く方が、国民に秘密で転移者の記憶を奪っている王の行動を制限できるというのに。


「なら、何故彼は人気が全くない、真夜中の森を選んだんでしょうか?」


「彼の性格がそうさせているのかもしれないな、カゲローからの伝聞だけだが、なんとなくわかったよ。というか、転移者はだいたいそういう奴らが多いんだ。矛盾ばっかで、面倒なんだよ」


 そういう王の口調は飽き飽きしているようでもあり、どこか優し気でもあった。遠い昔の友を想うノスタルジーが込められていた。

 王が続ける。


「カゲロー、お前は緑山優の監視を続けてくれ。記憶を一部だけ奪ってしまったのは大きな痛手だ。中途半端な記憶でもし負の記憶が優先されて目覚めてしまったなら……」


 王は言葉を切った。続きを話す代わりに歯噛みする。

 カゲローは渋い顔をした。


「しかしそれは難しいかもしれないです、今彼女の隣にはカレンという魔法使いがおります故」


「カレンか……」王は顔を落とす。大きなため息を吐き出してから「んー、済まないがそこはアドリブでどうにかしてくれ。手加減ができないくらい無駄に優秀だからなあいつは、だからこそ大怪我するような奴じゃないとも安心はできるが」と、悠久の彼方に肩を落として呟いた。


「御意」


 言うと、カゲローが瞬時に姿を消す。

 見届けて王は合わせた石の穴に紐を通し首に回した。首飾りのようにして、王室を後にする。

 彼の目は迷いなく、装いに違わぬ透き通った目をしていた。

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