第26話

 それならば頷ける。全てに納得できたわけではないけれど、とりあえずあのみすぼらしい人が笑点で座布団を10枚集めたわけではないことはよくわかった。あのイメージ、病院で見たあの石のイメージ、あれは彼のことなのだ。あのイメージに映っていた、王様。


 ではない。流石に「王様」という言葉だけでその二人を同一人物だとは思わない。僕をそこまで馬鹿にじゃない。むしろ、イメージに映っていたあのみすぼらしく汚らしい男。恐らく、あれがさっきの男。マスターから王様と言われた男だろう。その繋がりに気づいた瞬間、イメージで聞いたある言葉を思い出す。


「国ごと全て奪っちまうかもしれねぇぞ」


 ……もしかすると、本当に奪われたのかもしれない。それならば、色んなことに合点がいく。ギルド、オムライスにカレー、色んな建築様式の建物、畑の鍬、そんな元の世界の文明がこの異世界にある方がおかしいのだ。おかしいに決まっている。おかしくないと思う方がおかしいのだ。だがそれがようにこの国がコントロールされていたとすれば、そう考えると、どんどんあの王様が悪役だと思ってしまう。思えてならない。


「あー、あれって王様だったんだ。知らなかった」


「なーなーカレン、おうさまって何だ?」


「動物でいうとライオンみたいな人の事だよ」と間違ってるんだか間違ってないんだか判断に困ることをカレンがしーちゃんに教えている。カレンも知らなかったようだ。それを見て「いけね、秘密って言われてたんだった」とマスターが苦い笑みをする。おいおい……。まぁお陰で重要なことに気づくことができたんだからとやかく言うことはしないけれども。だがあの王様、秘密にするなら来なきゃいいのに、それにテイクアウトって手段もあるってのに。事実、マスターの部下のコックさんが、他容器に移す用のカレーを別鍋にしていた。もしかしたらフードデリバリーサービスもあるのかもしれない。でも昨日はしていなかったような?


 ……それはいい、滑らせたついでだ、聞けるところまで聞いてみよう。


「マスター、あの王様ってどんな人なんだ? マスターから見てどういう印象を持ってる?」


 マスターは直方体の箱を傾ける、だがすぐに顔を上げて答えた。


「苦労人だな、来るといつも疲れた顔してっからよ。だからほっとけないんだよなぁ。王様って大変だよな」


 と言ったところで他の客に福神漬けを配るため、マスターが踵を返す。

 どことなく、一瞬、マスターの声音が温かくなったような気がした。


 カレーライスの味の記憶が吹っ飛ぶほど大量の福神漬けを口に詰め込んだ後、僕とカレン、しーちゃんは宿へと向かった。一応昨日の内にしーちゃんのギルドでの登録を済ませていたのでしーちゃん用の部屋は用意されているはずなのだが、放っておけないとのことでカレンとう同室で寝泊りしている。


 僕も自分の部屋へ戻った。簡素で清潔な雰囲気が漂っており、床には淡い色のカーペットが敷かれている。その角にポツンとシングルベッドが一つ置かれ、その上の窓からは夜の街並みの景色が、カーテンの隙間から覗いている。ベッドの横には小さな机と椅子が配置されていた。その引き出しから、二つの石を取り出す。あの王様が落としたであろう物と似たような感触が手のひらで転がった。


 だが、イメージは浮かんでこない。ギルドの食堂で拾った石のイメージと同じ人かどうかを確かめたかったのだが、やはり見ることはできないらしい。

 悪役だと思わなくはない。状況からして、悪役としか思えない。転移者の記憶を奪うことでその記憶を恣意的に利用することができるとするならば、この国の違和感がうなずけるのだ。


 まず、ギルドそのもの。カレン曰く、転移者はギルドの存在をよく知る人が多いらしい。転移者の知識を奪うことで、人と仕事のマッチングをするシステムとして採用したのかもしれない。


 それと、転移者が優遇されるシステムもそうだ。もしかするとただ記憶を奪うだけだと忍びないから、一応記憶が空となった転移者を救済するためにそういうシステムにしているのかもしれない。記憶が空となったとしても、人という労働力は有用だしな。

 他にも色々と思い返すと、異世界なのにも関わらず生前見たことがあるモノが、この国にはあまりにも多すぎた。違和感がなかったことに違和感を持つべきだったのに、まぁ異世界ってそういうもんだろうと、勝手に考えてしまっていた。


 そして今、その敵の本拠地で寝泊りし、存在が露見し、いつ襲撃されてもおかしくない状況にある。

 ……厳しい、まずい、国が、ディネクスが敵、ディネクスが記憶を奪う。これは非常にまずい。こんな状況とてもじゃないが惰眠を貪れはしない。あまりにも呑気が過ぎるというのもだ。そしてこの事実をまだ僕しか知らない。

 これは、好機とも言えた。

 誰にも迷惑が掛からない。


 つまり、僕は誰からも後ろ指を指されないということだ。気持ちが雲のように軽かった。


 僕は部屋を出た。

 少し歩いて、カレンの寝泊りする部屋に耳を澄ませる。壁越しにしーちゃんと二人で楽しそうにパジャマパーティーしているようだった。

 平和だった。平和で、幸せそうだった。

 助けを借りたい気持ちも無くはなかったけれど、カレンにはこのまま彼女を守ってもらった方が良いだろう。僕がこのことを言うと、きっと心配させてしまうと思う。


「そう、それでいい」

「お前がやるんだ、彼女たちに危険が及べばお前の責任なのだから」

「お前の不幸は、お前が振りまく不幸は全てお前の責任なのだから」


 心の中の何者かが囁く。

 分かってるよ、だから行くんじゃないか。

 僕が終わらせるために。

 僕が僕だけの力で。

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