第25話
「いやーカレーライス美味しいわね! 流石マスター! 我らがシェフ!」
「おいカレン辛い! 前みたいに甘くして!」
二人ともよそってもらったカレーに舌つづみを打っている。確かに、昨日と同じく刺激的風味もさることながら、2日目に差し掛かることで味の深みが増している、これは病みつきになってしまう。スプーンが止まらない。しかし、カレーライスの味を楽しむには、頭の中がしっちゃかめっちゃかになり過ぎていた。
本当に色々な情報が入り過ぎて頭がおかしくなりそうだったから。何が起こったのかが混乱して上手く整理することができない。
落とし物を拾ったところまではいい、そこからが分からない。複雑怪奇な瞬間だった。
まず、人が消滅していた。否、消滅という表現ではない、ギルドの受付嬢曰く、崩壊だ。あれはまさしく崩壊だった。体中に闇色のヒビが入り、鉱石が砕け散るように、人の身体が消えていった。転移者の未来があれだというのか?
次に、あの少女。金髪が綺麗な小さな女の子。彼女、僕の記憶が正しければ、カレンと呼ばれていなかったか? 目の前で今、甘いヨーグルトとカレーを混ぜてしーちゃんにスプーンであーんしている金髪お母さんと偶然ながら同じ名前だったような気がする。気のせいか? 気のせいでないとして、同一人物なのか?
それと最後。僕はこれが一番理解できない事象だと考えている。
意識が飛ばされて変な情景を見たことや、その情景の内容がなかなか重要な情報だったような気がするけれど、それよりも奇妙で、奇怪で、理解不能で、分からない。
僕は落とし物を拾ったのだ。落とし物こそ机に視界が阻まれて何を拾ったのか定かではなかったものの、落とし物を拾っただけなのだ。そのまま拾って渡せば良かった、ただそれだけなのだ。
にも関わらず、僕はその落とし物の正体を見ることはなかった。どころか、変なイメージから意識が戻ってきた時には、僕の手には何もなかった。拾った物を渡すことができなかった。まるで僕が間抜けにも机の下にすっころんでしまった、ただそれだけが起こされた事象であるかのように。事実カレンに後から「何変なところですっころんでんのよ」と呆れられてしまったし。
手から、そのモノが
イメージが投影されるというのは分かる、クリエイトエナジーが意識に流れてくるメカニズムはギルドに依頼されていた紙に写っていたイメージからよくわかった。そのイメージ内の話ならば、人が消失するという映像が流れるというのもあるだろう。そこにカレンと呼ばれる金髪の女の子が写ったというのも、まぁよくありそうな名前だしよくあるだろう。可能性としては無くはないだろう。
だが、あの現象はどうにもおかしい。おかしすぎる。僕の手の中に確かにあった落とし物が消えたのだ。それはこの世界のルールからして、あり得ないと思っている。
想像すれば創造することができる、クリエイトエナジー。しかし物質を手の中から消失させるというのは、そのルールとは真逆なんじゃないのか? それが一番おかしいと感じられたのだ。
「おいおいにーちゃんおいおいおい! 元気無い顔しやがってよぉ、俺の力作のキャリーアンドライス・ザ・セカンドがまさか口に合わないってんじゃあないだろうなぁ? はっはっはー!」
恐ろしくキャラの立つ第一声を僕にぶつけたのは、筋骨隆々タンクトップを着こなし、先ほどまでキャップを逆被りし
だが相手にしないのもよろしくない、周囲からは「マスター! 俺にも福神漬けプリーズ!」「マスターの福神漬け堪んねぇ! こっちにも!」と言った、マスターを信奉する人々がいるのだから。ちなみにカレンもその1人。隣でしーちゃんが漬物の風味にうぇってなってるし。そんなに福神漬けいるか? もうそれ福神付けライスになっちゃうだろ。いやもう僕のなっちゃってるしよ。
「ああ、ちょっとね」と一呼吸おいてどんな言い訳をするか考えていたが、この前オムライスを調理していた時もあのみすぼらしい貧相な男がいたことを思い出した。彼が座っていた席を指さして「よくここにちょっと汚い感じの客がいるだろ、その人が気になってさ」と聞いてみた。
「あーあいつねぇ、あいつがどうかしたのかい?」
どうかしたのかと聞き返されると困るな、こっちが素直に聞いても相手はよくわからないだろうし。だからとりあえず、当たり障りない感じで聞いてみる。
「いやぁ、ほら、僕は転移者としてこのディネクスで生活の保障をしてくれているからこそ、こうしてカレーライス(だった何か)を頂けているわけだが、あいつはどうなのかなと思ってね」
「そりゃあいつ、一生分の金払ってっからなぁ」
「一生分!?」思わず声がうわづった。あんな静かな感じで飯を食べていると思ったら、他の客よりもよっぽどマスターのこと大好きなんじゃないか。なんだよ一生分って、笑点で座布団10枚貰いでもしないと貰えない商品だ。あれかな、やっぱりライブでよくある後方彼氏面的なお客さんなのかな。だからこそ代価を支払ったのかもしれない、一生貴方の料理を食い続けると。同性相手だとちとロマンチックさに欠けるが。
だが驚くのはまだ早かった。マスターは淡々と、当然誰もが知っている常識を当たり前だと言わんばかりに、サラッと言った。
「そんな驚くことぁねぇだろ、あいつ王様なんだし」
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