第24話

「香る幾重の刺激と旨味」

「煽るし食えと汽笛豪快!」

「華麗に鼻腔を貫けThaiChai!!」

乾飯かれいい水でふやかせWhiteRice!!!」


「はっはっはー! アゲて行こうぜー!」


 またか。同じ歌(料理)だと飽きないだろうか? 以前カレンにこのマスターの晩餐ライブについて聞いたところ「マスターは毎日違う料理をライブ形式で振る舞ってくれるのよ!」と豪語していたのだが、2日連続でカレーライスになってない? 昨日はポークカレーで今日はチキンカレーとかそんな感じ?


「いやー楽しみね! ここからが本番なのよ!」


 しかし当のカレンは昨日以上にワクワクしているようだった。


「いや昨日もカレーだっただろうが」


「何を言ってるのよ、カレーは2日目が美味しいんじゃない」


 だそうだ。家カレーなら確かにそう言われてるけれど、基本店で出されるカレーはデフォルトで2日目レベルだよ。


 調理ライブが終了し、僕らは昨日と同じくカレーをよそってもらうために列に並んでいた。マスターの前には5個の大きな寸胴鍋が置かれており、マスターとさっきまでラップを歌っていたラッパーがカレーをよそっている。お玉からカレーが掬われる度に、芳醇な香りが立ち込めた。そして気づく、今日のカレー、スパイスが変化している!? 昨日は刺激的な香りが強かったのに対し、今日は濃厚というか、奥ゆかしい、重厚感ある香りという印象だった。2日目のカレー恐るべし、よだれが溢れ、気づけば列の戦闘を凝視していた。一人ずつ、一人ずつ列を離れていき、その度に「あと5人」「あと4人」と唱える。次第に一人当たりのカレーサーブ時間が20秒強であると分かった時点で、僕の視線の横で、先に並んでいたであろう、薄汚れたみすぼらしいローブを顔いっぱいに被った人が、そろそろ食べ終わりそうな状態だった。米一粒残さない丁寧な食べっぷりは感心できた。


 超旨そう、あ、この人肉を最後に食べる派だ。というところまで観察していると、その最後の肉を口に放り込んだ。皿を厨房端にある返却口に置いてその足でギルドの出口に向かう。僕の横を通り過ぎる瞬間、その彼があるモノを落とした。ゴトンと重々しい音が木の床を鳴らす。その落ちたモノはテーブルに隠れているけれど、恐らくの場所は分かるので拾ってやろうと、腰を低くして手を伸ばす。


 そして、その物体に触れた。

 それは、触ったことのある感触だった。まるで大きな石が欠けたような、そんな触感。どこかで触ったことのあるような石の感触。それを意識した時。

 視界が真っ白に消えていく。


 ***


「俺は、嬉しい」


 笑っている感覚があった。


「今まで色んなモノを盗んできた」


 笑いながら、泣いている感覚があった。


「だが、こんなに素晴らしいものが俺の手に入っていたんだって気づけたんだ」


 笑いながらも、泣きながらも、しかし笑っている感覚があった。


「そして、を自覚できたことが、そう思えるようになったことが、俺はとても、嬉しい」


 目の前の黒い長髪の彼女はこちらを見ている。信じられないというような、意味が分からないというような。震える体を抱いている、しかしその腕と身体の隙間から、闇のような煙が僅かに立ち込めているのが分かった。この女性、どこかで見たことがあるような。


「止めてよ、そんなの言われたら……」


「だからさ、お前はあいつのところに行ってやってくれ。確かに俺はお前のことが好きだけど、あいつのことも好きなんだ。だから、あいつには幸せになってほしいんだよ」


「止めてって言ってるでしょ!」


 叫んだ。その大声が更に身体に響いたか、煙の勢いが強くなる。それに気づいた僕目線の男が怪訝そうに聞く。


「ど、どうしたんだよ、その身体。そのヒビって、おい、まさか――」


「私は汚い! 私は汚い! 私は汚い! 私は汚い! 私は汚い! 私は汚い! 私は汚い! 私は汚い! 私は汚い!」


 綺麗な黒髪をかき乱し、狂ったように叫ぶ、そこに小さな金髪の女の子が駆け寄ってきた。一緒にもう一人の男も急いで彼女に駆け付ける。見覚えがあった、病院で見たイメージにいた、国を造るとか言っていた王様の男だ。となるとさっきの女性も同じイメージで見た人か。


「しっかりしろ! なんで、なんで今まで言ってくれなかったんだ、どうしてこんなになるまで……」


 男は苦しそうに、悔しそうに、悲しそうに彼女を抱きしめる。ヒビが割れてしまうような力で、がっしりと。隣の女の子はきょとんとして聞く。


「ししょー、大丈夫? 痛いの?」


 僕目線の男は、手を小さく伸ばすが、それ以上手出しをしなかった。しかしその手は強く拳が握られている。

 彼女は弱々しく、小さな女の子に語り掛けた。


「綺麗ね、本当に綺麗。私と違って、とっても綺麗よ」


 頬に手を伸ばし、自分の涙も拭わずに、ヒビ割れる身体を顧みず。


、貴女は私のように、どうか汚くならないで……」


 彼女は男に抱かれ、女の子に手を取られ。

 闇のようなヒビが全身に達し。否、空間にもそのヒビが広がっていき。

 跡形もなく崩壊した。


 ……その亡骸を、亡骸があった空間を強く抱きしめている。肩が震えて止まらない。


「何が王だ、国だ、こんなにも無力じゃないか。何も守れない、誰も守れない、そんな国に何の意味がある」


 男は振り返る。ぐしゃぐしゃになった顔を振り返らせて、泣きながら問うた。


「教えてくれよ、俺はどうしたら良かったんだ? どうしたら、愛する者を守れたんだ? 愛する者1人守れない俺に、意味はあるのか?」


 僕目線の男は答えられなかった。悔しい気持ちが感じられる。目の前の男をどう慰めたものかと考えているのだろうか?


 すると、ヒビが入った。王様の男と、カレンと呼ばれた少女に、先ほどの黒髪の女性と同じような黒いヒビが。

 瞬間、僕目線の男は動いていた。迷いはなかった。急がなければ、大切な者が目の前で再び失ってしまうと思ったから。

 両手で王様の男とカレンと呼ばれた少女の頭に手を乗せて、僕目線の男は呟いた。


「すまない、もうこれしか手段はないんだ。分かってくれ二人とも」


 ***

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