第16話

 モーリシャスドードー。モーリシャスとはインド洋に位置する島国で、アフリカ大陸の東約2000キロメートルにある。美しいビーチ、豊かな自然、サンゴ礁、山々で知られている。そんなモーリシャス島に生息していた飛べない鳥で、森で集団を作り生活をする鳥類がモーリシャスドードーだ。名前のドードーはポルトガル語で「のろま」と言われている説がある。鳥類と言っても翼は退化して飛ぶことはできず、発見当初は人間のような天敵がいなかったため人間に乱獲され、発見から僅か100年で絶滅に追い込まれたとか。


 だがそのドードーが今、ニンジンを咥えて走っている。何故絶滅した鳥がこんなところにいるのかは皆目見当つかないが、背の低い植物の枝葉をかき分けて走っている姿がすぐそばだ。手を伸ばせば届く!


「よし捕まえるのよ!」


「言われずとも!」


 飛び込む、だがアメフトプレイヤーさながらのステップで軌道を変えて避けられた。なるほど、あの老婆がイラついていた気持ちがよく分かった、動きは鈍いがなかなかすばしっこい。そのやり取りが二三回ほど続くと、野生の勘を忘れた人間ではスタミナが心許ない。ドードーに目を離さず一旦膝に手を付いた。息が上下して自然と語気が荒くなる。


「つーか、人間に乱獲されたんじゃなかったのかよ、結構動けるじゃねーか畜生が」


「こうなると思ったわ、あんな古典的な罠で捕まえられるわけない」


 こいつのせいで捕まえ損ねたんだと文句を言いたかったが、これは僕が主原因なため納得猿しかない。それに動物に対して体力で対抗しようとしたのもよくなかった。


「いやまだだ、遠くには行っていないはず。だが近づかなく距離を保って追いかけるんだ」


「なんで?」


「ドードーは野菜を持ち帰っていた。その場で食べずにな。つまりどこかに住処がある可能性が高い。そこを突き止める!」


 遠くのドードーはキョロキョロして僕らの気配を探っている。それほど離れすぎているとも思えないが安心したのか、ステップを踏むようにある方向へと走り出した。ちょろい。


 その距離感を保ったまま後をつけていくと、大きな木が目に留まった。樹齢何百年なのか分からないが、見上げると木々の葉が空を覆っている。ドードーはその根元まで走っていくと、根元はそこそこの広さがあり、縦割りの丸太がその断面を上にしておかれている。それを挟むように少し小さな丸太が等間隔に並べられていた。まるで、のような。その丸太テーブルの上には、大量の農作物がモリモリと積みあがっていた。それに更に奥にもスペースがありそうだ、どんだけ大きい木なんだよ。カレンが声を潜めて驚愕する。


「マジだった! しかも食料が大量に置かれてるし! 他にも仲間がいるわよ、さっさと一網打尽にしましょうよ!」


 確かにそうすれば依頼は達成される。物質創造の練習という主目的を達成できたかどうかは定かではないが、あの老婆の溜飲も下がることだろう。明日も物質創造の練習の続きをしなければならないが、まぁそれも悪くない。なんだけれど、どうしても嫌な感じが否めない。その疑問を明確にすべく草場の影から体を出す。ドードーは今の今までつけられたことに気づかなかったのか驚愕し、大樹の向こう側へと走り去っていった。まぁ住処は分かった、もういつでも捕まえられることだろう。


 大樹の根元まで行くと、やはり木のテーブルの奥にまだスペースが続いているようだった。高さ2メートルほどの洞窟が地下に向かうように掘られている。奥に卵とかないのかなとも思ったがそういうことはなく、ただヨレヨレの葉っぱ等、食べかすみたいなゴミが散らばっているだけだった。


「なぁ、やっぱおかしくないか? なんで農作物をここに置いていないんだ?」


「さぁ、これから仲間集めてパーティーでも開くんじゃないの?」


 きょとんと首を傾げるカレン。考え方が愉快過ぎるだろ、不思議の国かここは。まぁ人の記憶が奪われたりするなんて十分不思議ではあるのだが。僕の疑問を強調するために、振り向いて指をさす。


「それにあの丸太、まるで人がテーブルのように加工したみたいじゃないか。そして――」


 ――人がいるなら、この食料は本来ここ貯蔵するんじゃないのか? そう言って正面の穴に指さした。


 カレンは呆れ混じりに反論した。


「別に食料を貯蔵する動物もいるんだし、そこまで不思議なことかしら?」


「それに、老婆はこうも言っていたんだ。『ここ最近野菜を盗む鳥がいる』ってな。何故このタイミングなんだ? 何故それ以前は依頼が来ていなかったんだ? それはここ最近は盗まれていなかったか、盗まれたことに気づかなかったってことじゃないのか? 人の手ならより丁寧に盗むだろうが、鳥のクチバシではそうはいかないしな」


「それは……」そこからの言葉は紡がれなかった。カレンも少しだけ疑問に感じ始めているのかもしれない。そんな彼女に、僕の仮説をぶつける。


「僕は多分こう思う」


 ここには人がいて、しかし突如としていなくなったのではないか。


「何か思いつくところがないか?」


「まさかその人っていうのは、転移者だったって言いたいの?」


 僕は梅干しみたいに皺ができたカレンの顔にうなづいた。その時だった。


 ――――ゾワッ!?


 「伏せろ!」と言った瞬間には、僕はカレンを大樹の壁面に押しやっていた。僕はその勢いを利用して逆の壁面に身体を寄せる。その一刹那、斜め上から下へ背中に恐ろしい速さの風が靡く。マタドールが紙一重で闘牛を回避した時のような風圧。周囲にいつの間にかいたスズメや小動物が驚いて離れていく。


 何者かが着地したその地点に僕は視線をやる。上下紺色の泥だらけの服と帽子という動物園の飼育係のような服を着用しているものの、長い黒髪は乱れ、両手両足を地面に付き臨戦態勢に入っている姿は、一瞬獣と見紛うほどの圧力を放っていた。唸り声を上げて様子を窺っている。髪の長さ的に女だろうか、ライオンはメスの方が獰猛と聞くが、もしかすると人間もそうなのかもしれない。そんな彼女に対して僕は一応一縷の望みを込めて、冷や汗も拭わずに話しかけた。


「なぁ君、名前は何て言うんだい?」


「お前ら! 敵!」


 怒号が響く。望み儚く。

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