第13話

 転移者紹介特典の化粧水を一旦カレンの寝起きする部屋に持ち帰り、ついでに僕の部屋の登録を済ました後、カレンは部屋から大きな木の板を部屋から取り出した。……ではなく、扉の高さと幅的に引っかかってなかなか取り出すのに苦労していたので手伝って取り出した。今はその木の板(表面が深緑色の謎の板)を背負ってある場所に向かっていた。荷物持ちを押し付けるとはけしからんとも思ったが、女性に荷物を持たせるのもいかがなものかと思ったりするし、案外陽光を遮るひさしの役割を果たしており悪くない。だがそれ以前に。


「これ肌ざわりからして黒板だよな? なんで黒板だけあるんだよ、何に使うんだ? 川辺で滑るにしてもかなり大きいぞ」


「普通に黒板だけど? 青空教室よ青空教室」


 カレンは小さい巾着の紐に指を通してクルクル回して答えになっていない答えをした。中身は恐らくチョークか? ならば本当に黒板として使うのかもしれない。まさか地面に置いて道路に落書きをするように黒板に板書するとでも言うのだろうか?


 そうこう考えている内に目的地に到着、見渡す限り芝生が広がる、レジャーシートでも敷いてピクニックをしたい原っぱだった。とりあえずここで何かするんだろうとのことなので一旦黒板を下ろそうとしたら「ちょいまだ持ってて、すぐ盛るから」と謎の指令を受けた。その方を見やると、広めに広げた両手を芝生に付けるカレンがいた。口寄せ? ゴーレム召喚? 魔法陣? 様々な妄想がこみ上げてくるが、こみ上げてきたのは、芝生そのものだった。より正確には、その下の地面だった。自然感嘆の声が出た。地面がモリモリと蟻塚のような山を形成し、僕の胴辺りの高さまで盛り上がったのだ。それも二つ。そのてっぺんに横並びに平行になるようカレンが溝を作る。そこまでくればやりたいことは察することができた。


「この溝に黒板を挿せばいいのか?」


「そそ」


 溝に設置、僅かな隙間があったが、カレンが山に手を添えると、その隙間が埋まっていく。ガタつきや地面と平行になっているのを確認し、赤縁眼鏡をかけてカレンは高らかに宣言した。


「カレンちゃんのワクワク魔法教室! はじまりはじまり~!」


 カレンのチョークが黒板の上で踊りだす。


 ***


 まずサツキに魔法ってのが何なのかを聞いてみようかしら。


 魔法が何か、か。現実に無いから難しい質問だな、強いて言えば、現実でできない事が魔法って感じだな。サイコキネシスにテレパシー、パイロキネシスにテレポート。


 まぁそんな感じでしょうね。でもそれらはほとんどできませーん! 残念でしたーブブー!


 ……そこまで期待してないけどな、テレパシーとか頭の中ぐちゃぐちゃになりそうだし。……ほとんど? 何かできる奴があるのか?


 テレパシーは近いことはできるけど、それよりもパイロキネシスね。これがいわゆる火属性!


 お、やっと魔法っぽい単語が出てきたな。ってことは他にも属性があるのか?


 そそ。水属性に大地属性、風属性に雷属性で五属性。普段触れやすいモノほど、その属性が扱いやすくなるの。基本的には風属性や大地属性が使いやすいわね。


 はぁん、確かに火や雷って触れる機会あんまりないもんな。……光とか闇とかないの?


 闇は知らないけれど、光はあったかな? でも結構使い手が限られる属性ね、転移者でも使えるのはレオナルドくらいかしら。


 ダヴィンチの!?


 それはともかく、はい問題! 何故普段触れやすいモノが属性として使えるのでしょうか!


 んー、ええ、なんだろう。あれかな、イメージしやすいとかかな? 魔法ってイメージをすればするほどとか言うしな。まぁ物語の話だけど。


 正解! そうイメージよ! この世界はイメージがとても重要なの。イメージすれば火でも大地でも、風でも雷でも水でも作ることができるの。


 ――その理由は、この世界には、想像すれば創造することができるエネルギー「クリエイトエナジー」で溢れているから。


 ***


 クリエイトエナジー。想像すれば創造することができるエネルギー。今まで転移や魔法、ギルド等々、二次元で見たことのある概念があったからすんなりと理解することができたけれど、急に出てきた新しい言葉の登場に目が丸くなっていた。僕が追いつけていないのを見るやいなや、カレンが具体例を提案した。


「分からない? そんじゃあ試しに、自分の手から炎が出ることをイメージしてみて」


「手から炎? そりゃあ魔法ならそういうのできるだろうけれど」うだうだ言いつつ、胸の高さまで上げた手のひらを僅かに見下ろす。そして、手のひらから炎が出る想像をしてみる。オカルトの火の玉が、手のひらで踊っているような感じ。


 すると、手から炎が出た。本当に魔法使いかパイロキネシストになったようだった。


 ではなく、手が燃えた。皮膚に感じられた超高温が神経を伝い、脳にその情報が行き渡る前に脊髄を通過。更に全身へエマージェンシーが伝えられる。


「あっちゃっちゃー!!」


「ほいプチウォーターフォール」


 カレンの軽い掛け声と共に、火だるまになった手の上からバケツ一杯の水が降り注がれた。炎は鎮火したものの、手のひらに出現した熱、眩く煌めいた光、そしてヒリヒリする皮膚のダメージは紛れもなく、本当に炎が出現していたことを表している。


「とまぁこのように、杖無しで火属性魔法使うと熱いので、基本的に杖を使います」


「先に言え!」


「いやぁまさか本当に出るとは思わなくってね」


 僕がイライラする一方、ほんわかと余裕な笑みを浮かべるカレンは、燃えてヒリヒリする僕の右手を優しく両手で触れた。文字通り腫れ物を触るようなゆっくりとした手つきだが、急なことで手を引こうとすると「動かないで」と強めの声に身体がピタリと止まる。動かないでいると、カレンの手から、なんだかアロエのような、ミントのような、リラックスできる香りが立ち込めた。周囲の原っぱや、芝生を煽るそよ風もより僕のリラックスを引き立てている。

 すると急にカレンが、僕の手をひっぱたいた。


「よしオッケー!」


「ぅいっ……たくない!?」


 そういえば確か、森で火事に遭った時もこのような魔法を施されたのを思い出す(あの時もひっぱたかれたっけ)。まさかこれも魔法?


「これは対象をリラックスさせることで、怪我の治りを創造させて治療する回復魔法よ」


 回復魔法もあるとは恐れ入った。リラックスさせて自然治癒力を向上させるとかそういう原理だろうか? ……いやにしても回復早くないか? もう火傷の患部が既に一ヶ月程経過した回復を見せているが。


「なぁ、クリエイトエナジーってのは想像すれば創造できるんだよな? だとしても、何故怪我が治療されるんだ?」


 と、素人質問で恐縮だがカレン教授に質問してみた。瞬間、得意げなカレンの顔が固まる。


「それはほら、あれよ、あれがあれであーなってるのよ!」


「『あれ』とは何を指しているのでしょうか? もう少し順序立ててお答えください」


 静かな圧力で、あたかも大学の卒論発表の質問かのように追い立てると(志望校の卒論発表がそんな感じで志望校変えたんだよなぁ)、カレンは頭を抱えて「うぬぬ〜」と唸った後、


「はい! ここまでが魔法の基礎よ! 今日からみっちり練習して、これらを全てマスターしてもらうわ!」


 と言って無理やり切り上げた。よく分からず使っていたな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る