第10話 いや、冒険者ってのがあるんだってば

 マスターお手製のオムライスを頬張った後(筆舌に尽くしがたい一品だったので感想は後日改めて四千字以内で提出しよう)、僕はカレンに連れられて厨房(ステージ?)裏にある扉を目指していた。ギルドの出入口から近い席に座っていたので、オムライスのおかわりをする客をかき分けるのに苦労した。


 その道中、ボロボロのフードを目深にかぶった男が、スプーンの1掬いずつ時間をかけて頬張っているのが見えた。そういえばこのオムライス、料金とかかかるのだろうか? 無いとして、彼のような身寄り無さそうな人への配給も兼ねているのだろうか? という疑問が過った。まぁ仮に費用が掛かったとしても、あのような貧乏っぽい人が払える料金ならば、死ぬ気で皿洗いすればいいだろう。と、難しいことに心の目を逸らしていると。


「こっちこっち!」


 とカレンが手招きをしていた。その後ろには大勢の人が出入りできそうな通用口がある。僕はカレンに遅れて中へと入るとまず、大きな掲示板を前にして、談話用の椅子とテーブルが並んでいる広い空間が見えた。出入口の両脇には大きな蝋燭が灯りを提供し、奥の掲示板前には何人かの冒険者たちが仕事を探している。椅子とテーブルには仕事の打ち合わせをしているのか、数人単位のグループを作っている冒険者がワイワイと話し合っていた。


 そして俺がカルガモの如くカレンに連れられ辿り着いたのは、宝くじ売り場のような場所に入っている、笑顔が素晴らしい受付嬢が待つ受付だった。


「お疲れ様ですカレンさん、今日はいかがなさいましたか?」


「新入り引っ張ってきたからその紹介をね、説明してもらっていい?」


 かしこまりました、という快い返事と共に受付嬢は、紙芝居のような四角いフレームを取り出して自身の顔が隠れるように受付前のテーブルに立てた。イラスト付きで何やら説明してくれるらしい。


「当ギルドの役割は国中から集まる困りごとを適切な人が解決でき、双方の利益が担保されるようにすることです。そのために我々は、誰がどのような仕事をするのが相応しいのかを洞察して斡旋しております。いわゆるお仕事のマッチングサービスですね」


 依頼者のイラストと、冒険者側のイラストの間に謎のハートマークが描かれているのは、その例を出すためか。受付嬢は続ける。


「なので我々はギルドメンバーに対しランク付けを行っております。下から銅、銀、金、プラチナと階層分けされており、上に上がるにつれて報酬と難易度、求められる専門性が上がります」


「あれ」と、僕はある違和感を覚えたのでつい呟いていた。どうしたの? とカレンが聞いてきたので聞いてみる。


「ギルドメンバーって言ってるけど、冒険者って言わないのか?」


 二人は固まった。え、何? まずいこと言ったの? 不安になるからその反応止めてほしいんだけど。受付嬢が今度は苦笑いした。


「ええと、申し訳ありません、冒険者って、何ですか? どこか冒険するんですか?」


 カレンが笑いをこらえるように続けた。


「ふふふ……、冒険するだけでお金がもらえる仕事なんてあるわけないでしょ? 仕事ってのは誰かを幸せにして報酬貰うものよ? 冒険して誰が幸せになるってのよ……ぷぷぷ」


「いや、そういうのがあるんだって!」僕は蒸気する顔を自覚しつつ言って、カレンの反応に気が付いた。「つーかカレン! お前転移者の反応楽しんでるだけで、一応冒険者って言葉くらいは分かるだろ! 分かっててからかってるだろ!」


 魂胆を見透かされたのを理解して、堪えていた笑いを解放するカレンは、ひとしきり声を上げた後に涙混じりで謝った。しかし受付嬢の方は閃いたように両手を胸の前で合わせる。


「なるほど、貴方は転移者でいらっしゃるんですね! ではこちらの説明も」


 そう言うと、紙芝居の紙が数ページ進んだ。そこには『転移者特典』という意味が伝わるイラストというか、文字というか、しかし分かるモノが書かれていた。話の腰を折っても良くないので、説明の続きを待つ。


「本来銅ランクからお仕事の斡旋をさせて頂くことになっているのですが、転移者の方は特別! 銀ランクから始められるのです! 更に当ギルドが提携している宿泊施設での寝食が保証されます! マスターのライブ飯も食べられるんですよ!」


 なんと。確かにそれは聞いてよかった。ライブ飯というのは、この前あったオムライスの事だろう。だが転移者と言うだけでそこまで優遇されてもいいものなのだろうか? うまい話には裏がある。僕は腕を組んで首を傾げた。


「なんかいい話過ぎるなぁ、なんで転移者が優遇されるのかって聞いてもいいですか?」


 受付嬢はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに「よくぞ聞いてくれました」と本当に言ってから別の紙芝居を取り出した。

 そこには二人の男と1人の女性が、国民のような多くの人々に慕われているイラストだった。

 それを見て、何か見覚えがあるような気がした。その符号の正体が分かる前に受付嬢は始める。

 ディネクスの肇国ちょうこくのおとぎ話を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る