第10話

 謎のカエルの被りものをした忍者。急にヘンテコワードをぶち込まれてきょとんとしてしまったが、要するに、事件前後にそういう共通点があるから、そこからアプローチして事件の解明に努めるということだった。そんなコスプレイヤーがいたらすぐに突き止められそうなものだが、しかしカレン曰くその重要参考人は忍者なため、まだコンタクトを取れないらしい。


「まぁそのカエル忍者を探すのが最優先だろうな、流石に僕も記憶を消されるのは叶わんし」


 僕はそこで言葉を切った。というか、迷った。


 ここで彼女と共に事件を追うのは簡単だ、有識者がいる分事件解決は早められるだろう。だが、僕が彼女の近くにいることがまずい。森での一件を振り返るに、僕の不幸は異世界であろうとも健在だ。それに彼女はこの性格だから、周囲の人間からも好意的に思われていることだろう。それが何を意味するかと言えば。


 ……考えたくもない。今ライブを終えて舌つづみを打っている人間が、全員僕に牙を剥くなんてこと。


 だから。


「カレンは降りろ。あとは僕が引き受ける」


「……は? え、どういうこと?」


 今度はカレンがきょとんとした。それも当然か、さて、どう説得したものか。


「ほら、記憶を消されるなんて怖いだろう? 今お前がこうして事件を追っていることが誰かに伝わって、カレン自身の記憶を消されないとも限らない――」


 瞬間、カレンの目が僕に向かって真っすぐに見開かれた。その眼力は僕の脳天までも貫いて、星空の彼方まで届くような、そんな眼差しだった。視線に串刺しにされて動けない。


「駄目よ、この世界の事を何も分かってないのに、1人で危険に突っ走るなんて絶対に駄目。ってか何でそうなるわけ?」


 ま、そりゃそうなるか、友達との繋がりを断たれればな。どう僕の考えを説明するべきか一瞬迷ったが、当事者であるカレンには説明しやすいので、その具体例を踏まえて僕は語ることにした。


 語らなければ伝わらない。語りたくもない僕の罪。


「森の火事の一件があっただろう。あの時僕が居なければカレンは死ぬかもしれない危機に陥らずに済んだんだ」

 ……いや違う、僕が居なければ、カレンは怪我どころか手間1つ煩わすことがなかっただろう、そんなカレンを生死の境に立たせたのは他でもない、僕が原因なんだ。

 僕が、周囲を巻き込む不幸な疫病神だから。


 ***


 昔僕にも友達がいたんだよ。

 両親が死んでから預けられた施設でね、よく遊んでくれた友達だ。彼は全てにおいて優秀で、本当なら僕なんかとは生活するステージが違う人間だったんだけれど、それでも友達としていてくれたんだ。勉強もできて、スポーツも万能。水泳なんか、魚のようにすいすい泳ぐんだもんな。


 そんな彼とある日山の川で遊んでいると、その友達が被っていた帽子が風で飛び、川に流されたことがあったんだ。僕はその帽子を取ってやろうと川に飛び込んだ。いや、思えばアレは嫉妬だったのかもしれない。スポーツでは優秀でも、僕がお前の帽子を取ってやったぞ言ってやりたかっただけなんだ。そうでもしないと、彼と釣り合わないって思ったから。


 だけど、彼もまた飛び込んだ。僕は自然と彼と競争するような形で帽子を追いかけた。負けられない、彼と釣り合うためにはあの帽子を取るしかないと。

 けど、彼は僕を追い抜いて帽子を取った。帽子に届いた。

 それがまずかった。

 その届いたところが丁度滝のようになっていたんだ、それもただの滝じゃない、結構大きな滝だ。夢中でそれに気づかなかった。僕はヤバイと思って近くの岩にしがみつくことができたんだけれど、彼が帽子を取った時には、しがみつくところなんてなかった。


 彼はそのまま流され、消息を絶った。死体も見つからないくらいの大きな滝だったから。大人たちが捜索したけれど全然見つからなくって。


 それから僕は思うようになったんだ、自分は他人に不幸を振りまく疫病神なんだなって。


 ***


「記憶が奪われるのは確かに脅威だ、だがそれは調査したところ転移者だけなんだろう? なら僕がその犯人と対峙すべきだ。確かにカレンの友達を思う気持ちは分かるが、ここは僕にやらせてくれないか?」


 話している途中で、カレンと僕が別々に行動したら不幸がカレンに振りまかれないのではないかとも思った。けど、僕の不幸がどういう範囲で、どういうタイミングで訪れるかが分からない以上、巻き込まない保証はない。それに同じ事件を追っていれば、必ずカレンとはかち合うことになるだろう。結局、不幸を振りまかないために近づかないことができないのだ。

 カレンの手が上がった。

 殴られるのかと思った。けど、違った。


「馬鹿ねぇ、あんた」


 カレンはただ僕の頭を撫でた。優しく頭に手が触れている。暖かな感情が、安らかな想いが流れ込んでくる。予想だにしていない反応と、むず痒い感触に心臓が跳ね上がる。反射的に熱くなった顔を引いていた。


「ちょ、何々!?」


「撫でたくなったのよ」


「お母さんかお前は!」


 カレンは手を引いて、やれやれと呆れて首を振る。


「ま、どうせ私が止めてもあんたは1人で動こうとするでしょう?」


 何故分かった。


「なら行動を共にした方が効率的だと思わない?」


「それをしたら、カレンにどんな不幸がくるか分かんないんだってば――」


「嘗めるな」


 その強い言葉が発せられると同時に、カレンはいつの間にか取り出していた杖を僕の前に向けていた。動きが速すぎて反応できなかった。撫でていた手で頭を掴み、もう片方の手で杖を向けていると、さっきの優しさが実はトラップだったんじゃないかと思えてくる。


「これでも私は結構やれるほうよ、夜目が利かなかったからこの前は後れを取ったけど、あんたの不幸なんて、実力でねじ伏せてやるわ」


「気絶してたけどな」森で黒ローブの男に不意打ちされていた数時間前のカレンを思い出す。カレンは僅かに頬を染めて声を上げた。


「あれは不幸関係ないでしょ、あの魔法使いが上手だっただけよ。けどそんな事情があるって分かったなら、もう油断はしないわ」


「大丈夫かなぁ」


「大丈夫よ、そんなことよりも、あんたはあんたの仕事をしてもらうわ」


 僕の仕事? まだギルドでの登録も済んでいないのに仕事って何かあったか?


「いずれはサツキの記憶を犯人が狙ってくるはず、だから今の内にあんたは自分の力をつけるの。今日からカレンさん特別講習を始めるわよ! はっはっはー!」


 ワクワク楽しそうなカレンが僕の方に指さすと、同時に割れんばかりの歓声と共に観客がスタンディングオベーションをしていた。どうやらアンコールおかわりの時間らしい。

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