第8話 記憶を奪う者がいる

 この公開調理が終わるまでギルドの登録ができないらしく、この騒がしい中でしばらく待たなければならなかった。と言っても飽きることは全然なく、むしろ僕は圧巻した。このマスターと呼ばれている男性、乱暴に調理器具を動かしているようでいて、絶妙にフライパンのケチャップライスに熱を加えているのだ。チャーハンを作る時のように煽るたびにトマトの酸味が香り、周囲の観客からは更なる歓声が上がる。更によく見ると、米を一粒も落としていない。恐ろしく繊細なフライパン捌きだった。

 更にケチャップライスを包む卵の扱いが素晴らしい。卵料理は単純が故に料理人の腕が顕著に現れる素材で、火の通りを一歩誤れば固まり過ぎたり半生状態になったりするのだが、これはオムレツの理想の加熱具合を体現していた。それをケチャップライスに乗せる。

 具材はご飯、ケチャップと基本的な調味料、それから卵というシンプルな物だが、それ故に技術の高さが顕著に感じられた。一目見ただけで分かる、これほどの技術を身に着けるのに一体どれほどの鍛錬を積み重ねてきたのだろう。


 その業物の成果をじっくりと味わっている傍らで、大食いフードファイトでもしているかのように、オムライスの半分を平らげてからカレンが言った。


「食べながらで悪いけど、今の内に話しておきましょうか」


「待て、これは話しながら食う料理じゃない、マスターに失礼があってはならない」


「良いから聞きなさい」


 無理やり聞かされる話が何だと思ったが、この国にまつわる事件についてだった。口の周りについたケチャップを拭った顔は飽くまで真剣だった。小首をかしげて、話し始めを考えている。しばらく唸った後、カレンは神妙な面持ちで口を開いた。


 ***


 私が外の国へ仕事から帰ろうとしていた時のことよ。真夜中で、サツキもいた森である一人の少女が迷子になっていたの。年齢的には、14、15歳くらいに見えたわ。放っておくのも良くないから、私は声をかけた。


「どうしたの? 一人?」


「あの、ええと、ここってどこなんでしょうか?」


 何者かも分からない私に怪訝な表情を見せる彼女。やっぱり、と私は思った。妙に整った服に綺麗な髪や肌、これは転移者だと。ならば放っておくと変な連中にさらわれたり利用される恐れがあった。


「多分あなたこの世界の人じゃないよね、良ければ私の国に来ない?」


 そう言うと、少し警戒心は見せ、了承をする前にこんな質問をした。


 「お姉さんくらいの身長で、黒い髪の長い女性は見ませんでしたか?」


 黒い髪の長い女性。うーむ結構いるからその情報だと分からない。なので「私の国は色んな国の情報が集まるから、そこで詳しく話を聞いてもいいかな?」と提案し、彼女は警戒心を少しだけやわらげて了承した。


 このディネクスのギルドに案内し、彼女の事情を聞いた。名前はミコというらしい。

 どうやらお姉さんを探してるようで、森を歩き回っていたとのこと。しかし何故森にいると思ったのか、それを聞くと。


「なんだか、お姉ちゃんがいた気がしたんです。あの森で」


 とのこと。今でもその真意は分からないけれど、お姉さんを探す彼女の力になりたかった私はこう提案した。


「ならここを拠点にして明るい時に探すといいわ。夜の捜索は逆遭難する危険があるしね。私も協力してあげるし、周りの連中にも言っといてあげるから」


 彼女は少し目に希望を取り戻して「ありがとうございます!」と頭を下げた。初めて彼女の心を見たような気がした。


 それからしばらく捜索活動が行われた。元気づけるために皆でミコを励ましたり、ご飯を食べて騒いだりもした。しかし、捜索やギルドメンバーにも聞き込みを行ったのだが一向に成果は無く、次第にミコは捜索する時間が夜が更けるギリギリになっていった。


「これ以上は危ないわよ、戻らないと」


「うう、やっぱりいないのかな、感じるんだけど」


 彼女はそう言って、その日は戻るようにした。

 しかし。


「ミコ?」


 その日の真夜中、ギルドメンバー用の寮から森を目指すミコの姿があった。私は急いで彼女を追いかけ森の中へ入った。

 森に着く頃にはミコの姿は見失っていて、二重遭難ならぬ三重遭難になりかけた時、大きな木の下でミコの後ろ姿があった。


「もう、駄目じゃないこんな暗い中探しちゃ。お陰で帰れなくなるところだったのよ?」


「……」


 軽く叱ろうとしたのだが、後ろ姿には返事がない。


「ミコ?」


 再び名を呼ぶけれど、ミコは返事をしてくれなかった。しかし声が聞こえたから、という理由でミコは振り返る。その目には夜の闇が写っていた。


「私は貴女のような人、知らない」


「……え」


 今まで聞いたことのない冷たい声。魂までもが凍り付くんじゃないかというほどの寒気が走った。それでもミコに話しかける。


「な、何を言ってるのよ、私はカレンよ? 忘れちゃった?」


「だから! あんたみたいな人知らないって言ってんのよ! もう私に関わらないで!」


 雷に打たれたような衝撃が心を抉った。怒りが、憎しみがその叫びに乗って伝わった。

 ミコはそれっきり、暗い森の闇の中へ姿を消した。


 ***


「それからよ、この国で転移者記憶喪失が横行しているのを知ったのは。彼女は記憶を奪われてしまったのよ、だからこの事件を一刻も早く解決しないと私の気が済まないの」


 カレンは若干の悲しみを滲ませたが、すぐにあっけらかんとした表情に戻った。その出来事から立ち直っているとでも言うのだろうか、肝が据わっていると言うか何と言うか。


 僕には無理だ。友達の記憶が消える。そんなの、永遠の別れと同じじゃないか。死別と何ら変わらない。その悲しみを思い出にするためには、どれだけの期間を要するんだろう。少なくとも、僕の人生ではまだ足りない。


「湿っぽいのはここまで」と、パンと手を叩いた。カレンは本題とばかりに顔をテーブル越しにググっと近づける。


「サツキの記憶はまだ残ってる、だから奪われる前に、自分で自分の身を守ってもらうための力をつけてもらいます!」


 ドドン! と背後に文字が浮かばんばかりの宣言だったが、しかし気になることが1つあった。


「ちょっとまて、何故記憶が『奪われた』と言い切れる? この世界がそういう、転移者の記憶を失わせる何等かの自然現象がある可能性はないのか?」


 ここは異世界だ、何があってもおかしくない。記憶がぽんぽん消えることもあるだろう。それが人為的にせよ、そうでないにせよ。


 カレンはため息をついて、やれやれという風に首を振った。


「それくらい調査済みよ。その調査で分かったのは記憶喪失が起こっているのはこのディネクスだけってこと。他の国に行っても、転移者が記憶喪失になるような話はなかったわ。それに結界が張られてるって話もあるしね」


 勿論それだけでは、人為的であることの根拠にしては弱い。だが次の根拠の方が本題だったようだ。


「その調査で分かった話なんでけど、このディネクスで転移者の記憶が消された日の夜中に、謎のカエルの被りものをした忍者を見かけたっていう声があったの。恐らくそいつが、転移者の記憶を消しているって睨んでる」

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