第8話

 二度寝の布団を引っぺがされてからしばらく。泣く泣く着替えた(白Tシャツに黒いチノパンという簡素ファッション)俺はカレンに連れられて病院を出た。そこには見たことも無い文化風俗が広がっていると思っていたのだが。


「これが、町か?」


「あれ、町知らない? 本当に記憶残ってる?」


「馬鹿にしてんのか、町くらい知ってるわ。だけど、こんなものなのかなって思って」


 歩きながら周囲を見渡す。視界には古びた石畳が敷かれた路地が広がっていた。路地の両側には、風格ある建物が立ち並び、その壁面には古い石造りやレンガ造りの建築が見える。時折、古びた看板や鉄製の照明が路地を彩っていた。


 街路には人々が行き交い、その中には商人や買い物客、旅人等多様な人が混じっていた。彼らは騒がしい声や笑い声を上げながら、街を縦横無尽に行き来している。時折、香り高い料理の匂いが漂い、通りすがる人々の胃袋を刺激した。


 遠くに視線をやると、古城や高い塔がそびえ立ち、その姿が街全体を見下ろしていた。その建物が何だか見覚えがあるような気がした。


「ロマネスク建築って言うんだったかな、壁が石で屋根が木造が特徴的で。ヨーロッパでよく見る建物様式の……」


 いや、それだけではない、トゲトゲしくとがったゴシック様式、日本の昔ながらの瓦屋根、屋根の角がとがったのが独特な中国古建築に至るまで、世界史の授業を経ていれば一度は見るであろう建物が連なっていた。見事にばらっばらの建物に、ある意味圧巻させられる。ごちゃまぜにした世界地図に立っていると言われても信じられる風景だった。


「異世界って聞いていたんだが、こういうのは変わらないってことか。人間どこの世界でもやることは変わらないってことなのかな」


「あははは、ここに来る転移者っていっつもそういう反応するんだよねぇ」


 カレンは苦笑いする。その言葉が引っかかった。イヴの態度と食い違うところがあったからだ。


「ちなみに転移者ってどれくらい来てんの? 僕だけ特別じゃないの?」


「1ヶ月とかで5人くらいはくるかなぁ、別に特別ってわけでもないわよ?」


 カレンの「何自分が特別って勘違いしてんの?」という笑みにイラッとしつつ、僕は目をそらした。イヴめ、まさか演技をして来る転移者1人1人に同じことを吹き込んでいるんじゃないだろうな? ……と言っても、あの悲壮感漂う態度は嘘を吐いているとは思えない、まっすぐな、正直な気持ちであるように感じられていた。


「さて、到着よ!」


 カレンは胸を張って、ある建物を指さした。

 その建物は堂々とした石造りで、屋根には古びた赤い瓦が輝いている。入口には大きな木製の扉があり、扉の上には円を三つに分けるヒビが入ったような紋章が掲げられている。それにこれは周囲の建物よりも大きく、目立つ位置にあるため、通りを歩く人々の目を引いていた。

 僕は顔を引きつらせる。これは、あれだろう。まさしく。僕の様子を見てカレンはまたも苦笑いした。


「病院でも言ったけど、ここはギルドって言って、仕事を斡旋してくれたりご飯食べたりできるところなんだけど……知ってる?」


「知ってる、どうせ今から魔力適正の計測とかそういうのするんだろ?」


「あはは、魔力……なんとかってのはわかんないけど、だいたい合ってるわ。ならこの後の紹介も簡単そうねー」


 頬をかきながらカレンは言いつつ、しかし棒読み口調で扉を押し開ける。


 まず目に飛び込んでくるのは活気ある雰囲気だった。暖炉の炎が揺らめき、酒場全体を暖かな光で包んでいる。店内は賑やかで、笑い声や歌声、そして人々の話し声が響いていた。

 入口近くのカウンターには、酒樽やワインボトルが並び、バーテンダーが器用に酒を注いでいる、のかと思いきや、違った。金髪のスポーツ刈りでパツパツタンクトップを着た、筋骨隆々でアメリカンな男が、並べられているいくつものコンロとフライパンを、ドラムのように捌いている姿だった。その周囲を無数の観客が埋め尽くして、彼の料理という演出に熱狂した大声を浴びせていた。


「ひゅー! 今日もキレッキレのフライパン捌きだぜ!」


「この待ち時間に漂う香りが堪んねえぜ!」


「待ちきれねぇよ! 早く食わしてくれ!」


 内装こそまるで西洋風の酒場を思わせるのに、やっていることがライブ会場のようだった。周囲を見渡すと、服装がみすぼらしく薄汚れたフードを被った男が、入り口付近の壁にもたれ掛かって腕を組んでいるのが見えた。これがいわゆる、古参ファンの後方彼氏面ってやつか。


「ステージでテンションマックスなムキムキはこのギルドのマスターで、こうやって料理を振舞ってくれるのよ。仕事とか関係なく、マスターの料理を味わうために毎日通う人もいるくらいなのよ?」


 自慢げに言いつつカレンは前に進むので、僕は負けじと無反応でそのあとに続いた。空いた席に座ると、ウェイターが水を出してくれた。


 ぐびっと一杯。


「全然ちげぇよ! 何が『だいたい合ってる』だよ、完全にパリピ空間じゃねーか!」


「あははは! その反応が欲しかったのよ! 案内される転移者はだいたいここで度肝抜かれるのよね!」


 ニカっと、輝く笑顔を向けてくる。してやられた、確かに度肝を抜かされた。ライブ会場なんて行った事なかったけれど、この雰囲気の中にいると、謎の高揚感が心の内からあふれてくるように感じた。なかなか悪くない、そう思った時、自分が笑っていることに気づいた。


 いつぶりだろうか、楽しいって気持ちを感じることができたのは。

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