第7話

 広大な大地が視界いっぱいに広がっていた。それ以外には植物一本も生えておらず、まるで世界が終わっているような情景が目に浮かんでいる。見渡した時、ふと1人の綺麗な美しい女と、みすぼらしいボロボロの恰好をした男に目が留まった。見てくれこそ差がある二人だが、しかし心は一つとばかりに、同じ方向に視線を合わせている。それは僕がいるところにだった。

 僕は喋っていない、しかし口の部分が一人でに話し始めた。


「改めて言う、我はここに国を建てるぞ」


 覚悟と言ってもいいのだろうが、それ以上に確信を持った声音が響いた。女性の方は、何を今さらというように鼻を鳴らす。女性がニヒヒと口を横に広げた。


「楽しみですね! 王様なら皆が幸せになれる、そんな国を作れますよ!」


 反面、男性は皺だらけの薄着に更に皺を作って腕を組む。そして鋭い視線をこちらに向けた。



「皆が幸せね、格差はどうしたって生まれるぞ、そうすれば富の独占が始まってひもじい人間が出てくる、俺のような人間がな、何か策はあるのか?」


「貴様だろ」


「は?」


「生活が貧しくなっている人間は心も貧しくなっている。だがそれは安全圏に立ってしまう我が理解するには心の立場が離れすぎているからな、貴様が人々の心をしたから押し上げほしいのだ」


 男は頭を押さえて大きなため息を吐く。


「俺に一任するっていうのか? 正気じゃないぞ。俺が国ごと全て奪っちまうかもしれねぇぞ?」


「国造りが正気でできるわけなかろう」


「そうですよ、正気じゃないから貴方が適任なんです」


 二人でさも当然のことを言うように、息の合ったセリフを口にした。男は口をとがらせた。


「褒めてないだろそれ」


「ここで褒めてないって思えることこそが、貴様が貧しい人の心に寄り添える証左であるのだぞ。それに以前にも言ったであろう、人の輪である国は奪えぬとな」


 一瞬言葉を切り、僕の目線の何者かは言った。


「人は誰しも心が弱い、誰かが側にいなければ生きていけぬものだ、しかし心の我裕がないとそのことになかなか気づけない。我は一応人を統治する立場に立つ故その役割は果たせぬが、貴様ならやれるだろう? 今の貴様なら」


 男は顔をほんのり赤く染めてそっぽ向いた。女は「赤くなってますよ? ふふふ」とからかうようにコロコロ笑った。


「二人にはこれを受け取ってほしい、まぁお守りみたいなものだ」


 渡したのは、表面が滑らかな、カレンが僕に渡した石ころサイズの欠片だった。しかし手の上には欠片は三つあり、赤、青、緑と色が付けられている。女には赤、男には青の欠片が渡された。


「我が作った国が建国されれば、その欠片を合体させて国宝とするのだ。そなた等には、我の覚悟の証として受け取ってほしい」


 何者かは緑の欠片を握りしめる。二人も同じく握りしめた。

 この三人には、確かな人と人との繋がりが構築されているような気がした。


***


 そのタイミングで、視界のモヤが晴れた。周囲には変わらず病室の景色が見える。僕の様子を見てか、カレンがまた肩を掴んでいた。今は起き上がっているので、その身体を前後にゆらゆらリクライニングしてくる。頭がヘドバンでシェイキングだった。


「しっかりしなさい! どうしたのよ! 目を覚まして!」


「やめて、そんなことしたら吐くから、マジの眩暈くるから……」


 僕の声に気づいて「よかったぁ、びっくりさせないでよね」と胸をなでおろす。人が吐きそうって言ってんのに謝らずその態度ですか、胸をなで落としてやろうか。


「とりあえず看護師さんに連絡してくるわね! 今の内に着替えといて良いわよ!」


 カレンはそう言うと、意気揚々に病室を後にした。嵐みたいなやつだな。


 その間に、僕は受け取った石に視線を落とす。よく見ると、この石には細い穴がトンネルのように空いていた。直径1ミリもない、その半分くらいか。この穴に糸を通せば飾りに出来そうだなと、ふと思った。しかしいくら観察していても、先ほどのようなイメージは浮かばない。窓から差し込む陽光にかざしてみても、ただただ緑や赤色に輝く綺麗な石だった。本当にただの眩暈だったんじゃないだろうか。起き抜けだったし。なんにしても、まだまだ眠い。こんなバッドコンディションでこれから先生きていけるとは到底思えなかった。


 何故ならば。

 イヴの言う世界の崩壊という命題、その責任を負ってしまったのだから。

「そうだ、この世界の命運はお前が握っているんだ」

「彼女が悲しめばお前のせいだ」

「責任を果たすのだ」


 背後の何者かが、後ろ指をさして糾弾する。分かっているよ、甘えるなってんだろ。僕が動けばいいんだろ。


 胸の奥が泥水で満たされるような、そんな気持ち悪い気分でいると。


「はい退院! さぁサツキ、さっそく動くわよ! まずはギルドに行くわよ!」

 退院の書類をまるで勝訴の紙の如く掲げるカレンが現れた。もう少し寝ておけばよかった。

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