第6話 国造りは正気じゃできない

 大地が地平線の先まで、視界いっぱいに広がっていた。それ以外には植物一本も生えておらず、まるで世界が終わっているような情景が目に浮かんでいる。見渡した時、ふと1人の長い黒髪が綺麗な美しい女と、みすぼらしいつぎはぎだらけの恰好をした男に目が留まった。見てくれこそ差がある二人だが、しかし心は一つとばかりに、同じ方向に視線を合わせている。それは僕がいるところにだった。

 僕は喋っていない、しかし口の部分が一人でに話し始めた。


「改めて言う、我はここに国を建てるぞ」


 覚悟と言ってもいいのだろうが、それ以上に確信を持った声音が響いた。女の方は、何を今さらというように鼻を鳴らす。女がニヒヒと口を横に広げた。


「楽しみですね! 王様なら皆が幸せになれる、そんな国を作れますよ!」


 反面、男性は皺だらけのくすんだ薄着に更に皺を作って腕を組む。そして鋭い視線をこちらに向けた。


「皆が幸せね、格差はどうしたって生まれるぞ、そうすれば富の独占が始まってひもじい人間が出てくる、俺のような人間がな、何か策はあるのか?」


 またしても口が一人でに語る。


「そこで貴様だろ」


「は?」


「生活が貧しくなっている人間は心も貧しくなっている。だがそれは安全圏に立ってしまう我が理解するには心の立場が離れすぎているからな、貴様が人々の心を下から押し上げほしいのだ」


 男は頭を押さえて大きなため息を吐く。


「俺に一任するっていうのか? 正気か? 国民を操って俺が国ごと全て奪っちまうかもしれねぇぞ?」


 悪ぶる男だったが、僕目線の何者かはくつくつと喉を鳴らす。


「国造りが正気でできるわけなかろう」


「そうですよ、正気じゃないから貴方が適任なんです」


 二人でさも当然のことを言うように、息の合ったセリフを口にした。男は口をとがらせた。


「褒めてないだろそれ」


「ここで褒めてないって思えることこそが、貴様が貧しい人の心に寄り添える証左であるのだぞ。それに以前にも言ったであろう、人の輪である国は奪えぬとな」


 一瞬言葉を切り、僕目線の何者かは言った。


「人は誰しも心が弱い、誰かが側にいなければ生きていけぬものだ、しかし心の余裕がないとそのことになかなか気づけない。我は一応人を統治する立場に立つ故その役割は果たせぬが、貴様ならやれるだろう? 今の貴様なら」


 男は顔をほんのり赤く染めてそっぽ向いた。女は「照れちゃってまぁ、ふふふ」とからかうようにコロコロ笑った。


「二人にはこれを受け取ってほしい、まぁお守りみたいなものだ」


 渡したのは、表面が滑らかな、カレンが僕に渡した石ころサイズの欠片だった。しかし手の上には欠片は三つあり、赤、青、緑と色が付けられている。女には赤、男には青の欠片が渡された。


「我が作った国が建国されれば、その欠片を合体させて国宝とするのだ。そなた等には、我の覚悟の証として受け取ってほしい」


 僕目線の何者かは緑の欠片を握りしめる。二人も同じく握りしめた。

 この三人には、確かな人と人との繋がりが構築されているような気がした。


***


 そのタイミングで、視界のモヤが晴れた。周囲には変わらず病室の景色が見える。僕の様子を見てか、カレンがまた肩を掴んでいた。今は起き上がっているので、その身体を前後にゆらゆらリクライニングしてくる。頭がヘドバンでシェイキングだった。


「しっかりしなさい! どうしたのよ! 目を覚まして!」


「やめて、そんなことしたら吐くから、マジの眩暈くるから……」


 僕の声に気づいて「よかったぁ、びっくりさせないでよね」と胸をなでおろす。人が吐きそうって言ってんのに謝らずその態度ですか、その無駄に育ってる胸をなで落としてやろうか。


「とりあえず看護師さんに連絡してくるわね! 今の内に着替えといて良いわよ!」


 カレンはそう言うと、意気揚々に病室を後にした。嵐みたいなやつだな。


 その間に、僕は受け取った石に視線を落とす。よく見ると、この石には細い穴がトンネルのように空いていた。直径1ミリもない、その半分くらいか。この穴に糸を通せば飾りに出来そうだなと、ふと思った。しかしいくら観察していても、先ほどのようなイメージは浮かばない。窓から差し込む陽光にかざしてみても、ただただ緑や赤色に輝く綺麗な石だった。本当にただの眩暈だったんじゃないだろうか。起き抜けだったし。なんにしても、まだまだ眠い。こんなバッドコンディションでこれから先生きていけるとは到底思えなかった。


 何故ならば。

 イヴの言う世界の崩壊という命題、その責任を負ってしまったのだから。

『そうだ、この世界の命運はお前が握っているんだ』

『彼女が悲しめばお前のせいだ』

『責任を果たすのだ』


 背後の誰かが、後ろ指をさして糾弾する。分かっているよ、甘えるなってんだろ。僕が動けばいいんだろ。


 胸の奥が泥水で満たされるような、そんな気持ち悪い気分でいると。


「はい退院! さぁサツキ、さっそく動くわよ! まずはギルドに行くわよレッツラゴー!」

 退院の書類をまるで勝訴の紙の如く掲げるカレンが現れた。もう少し寝ておけばよかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る