第4話

 黒ローブの男はクールで沈着な雰囲気を醸し出そうとしているのだが、声音からしてしてやったりな、いたずら大成功といった印象を受けた。そいつは僕をローブの中から見下ろして、恐らくニタニタと笑いながら声をかけた。手には杖と、細い糸のような物が絡まっている。


「悪いなお兄さん、転移者を依頼人に持っていくってのがこのおっさん達の仕事でね、お前を連れて行かないとお給金貰えねぇんだわ、俺もさ」


「なるほど、予め燃えた丸太に糸を付けて、それを反対側から引っ張ったな?」


「そそ、こういう暗い所だと結構騙されるんだよねぇ、お兄さん結構見てるじゃないの、慧眼慧眼」


 自分の仕掛けた種がバレたにも関わらず、まだ不愉快な笑顔は消えていなかった。だが僕は許せなかった。


「褒められたもんじゃないな、それは」


 そう、こいつの行動は本当に褒められたことではなかった。


「あん? 人を騙すことがか? ずいぶんと温室から転移してきたらしいなぁ。残念だがこの世界ではそんな綺麗事通じねぇぞ。生きるか死ぬか、それだけだ」


「いや、生きるか死ぬか、そして『燃え死ぬか』だ」


 マジでどうしてくれるんだ。という気持ちを込めて言い返した。燃える丸太、いや燃える丸太だけではない。おっさん達が持っていた松明の火の粉もだ。

 周囲の木々が暗闇から姿を現した。燃え移る炎は火の手をドンドンと広がり、熱気が肌を焼くようだった。



「おっと確かにやべぇ、ぱぱっとトンズラしねぇと。抵抗しなきゃ痛くはないぜ」


 黒ローブの男が若干の焦りを声音に出しつつ、杖をかざそうとする。

 その瞬間。――――ゾワッ! 嫌な予感が発動した。背中が冷えるような予感だった。

 黒いローブの奥深くから伸びた杖が、カレンに突きつけられる。その瞬間には、僕の身体が動いていた。両腕をカレンの腰と膝関節に通し、その勢いで僅か1メートル足らずの距離をカレンと共にダイブした。ズザザザーと、ブレザーが地面にこすられる。先ほどカレンが居た場所には、鎖が蛇のように杖先からしな垂れていた。


「おいおい! 逃げると燃え死んじまうぜ? さっさと捕まれって。悪いようにはしねぇからさ、引き渡した後は知らねぇけど」


 黒ローブは得意げに、勝ち誇ったようにゆっくりと歩いて僕を追いかける。

 勝ちを確信した顔だった。

 自分の安寧な未来を確信したような、そんな顔をしていた。

 クソくらえだ。安寧な未来なんてありはしない、幸福な未来なんてありはしない、僕に待っているのは、惨酷で非道な、不幸な未来だけだ。

 僕はそれを、よく知っている。そしてその不幸は、周囲にも悪影響を及ぼすことを、知っている。


「燃えた木に下敷きになって動けなくなるなんて不幸、僕が読めないと思ったか?」


 僕は目線こそ黒ローブに向けていたが、彼に対してではなかった。それは独り言であり、もし誰かがいたならば言って聞かせてやりたいという勝手な願いを込めて言っていた。そんな僕を怪訝に思ったのか、出しかけた杖を一瞬だけ止める。


「は? 何言って――っ!?」


 余裕綽綽に調子に乗っていて、更に僕の言葉に気をとられて、黒ローブの男はメキメキと倒れこむ火だるまな大木の下敷きとなった。


 ふぅ、と安堵の吐息が漏れた。なんとか一番厄介な奴の無力化に成功したぜ。初手から森火事とか反則だよなぁ、転移させるならもっとましなところにすべきだろうに。だがあの時の僕も悪かった、なんでいつも僕は断ることができないんだろう。数時間前の自分の不甲斐なさに後悔しつつ、そしてカレンを再び抱えて立ち上がった、その時だった。

 ――――ゾワッ! っと、再び寒気に襲われた。咄嗟に後ろを振り返る。メキメキとした重低音とともに、僕は意識を失った。

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