第2話 異世界っぽくなってきた

 踵を返して暗黒の中へ走る。暗い上に走りづらい地面での逃走劇って人間には無理ゲー過ぎる、夜行性じゃないんだよ。しかもあの山賊達は松明を利用して足下を照らし移動してきていた。そんなもん持って森の中走ったら火の粉散って森燃えちまうぞ。

 そんな不利な状況であろうとも、走らなければ捕まる。何をされるか分かったもんじゃない。走れ走れ走れ!

 走っ……!


「ぶべっ!」


 何かに足を取られてしまった、地面に鼻を強打する。見やると、そこには不細工な石の塊が二つが砂の塊に突き刺さっているオブジェだった。一瞬砂遊びの残骸に足を取られたのかと腹が立ちそうになったが、瞬時にそれらが何か強い想いが込められているような、何となくそんな気がした。このまま真っすぐ走ると、この厳かな物が山賊に踏み荒らされるかもしれない、そんな気遣いをしている暇はないのだが、そう思わずにはいられなかったので進行方向を変えた。急な軌道修正で呆気にとられたのか、おっさん達は一瞬戸惑いの声が聞こえた。しめしめ。


「ぶべっ!」


 またこけた。今度は木の根っこに足を取られて、その勢いで転がった先の大木に思いっきり顔面をぶつけたようだ。この程度の不幸は僕にとっては日常茶飯事ではあるので避けられた気がするのだが、暗い上に追いかけられるというプレッシャーから気づかなかったようだ。うずくまり鼻を抑えていると、大勢の足音が近くで止まる。


「大人しく捕まっていれば怪我せずに済んだのになぁ」


 ニタニタ声に振り返ると、おっさんAが大きなこん棒を振り上げていた。どうやら抵抗できないようにさらに怪我を負わなくてはならないらしい。

 できるだけダメージを抑えられるよう、視線を落として身体を丸めた。こん棒が身体に振り下ろされる。その時だった。


 ――カラカラという音が聞こえた。一瞬何かが飛んできたような気がした。

 そうと思ったら、おっさんAがこん棒を落とし、うめき声を上げてその場に倒れたのだ。


「まだまだ! シューティングスター!」


 女性の甲高い声が響いた。空からだ。見上げると、舞い散る松明の火の粉に照らされ黄金の髪がきらめいている。空に金色の川が流れているようなその光景に、ただただ唖然としてしまう。そして僕の周りを取り囲んでいたおっさん達が、次々に空から降り注ぐ何かをぶつけられて倒れ伏した。地面に転がったそれに視線を向ける。そこには重量感のある大きな石ころが転がっていた。

 その石礫を飛ばした張本人は地面に着地すると、漆黒のマントを翻し、シュバッと棒のような物をこちらに突きつけてきた。


「君は……」


 じーっと、目と目が合う。まつ毛長っ、肌白っ。よく見るととても綺麗な顔をしている。おっさん達が落とした松明の炎がゆらめき、足下まで伸びる黒衣が橙色に妖しく照らされている。スラッとしたスタイルがなければこれは着こなせない。


「違うわね」


 と言うと棒を降ろした。この様相、そして口上からの攻撃、間違いない、この人魔法使いだ。生魔法使いだ! 異世界っぽくなってきた!

 異世界っぽさにテンションが上がっていると、パチパチとまだ火が点いている松明に向かって棒の先を向けた。


「おっと、火事になっちゃう。ウォーターガン! っと」


 その先から水が噴射され、燃える松明の炎を消した。さらに流れるように杖先は倒れるおっさん達に向けられる。


「それとチェーンロック! っと」


 更に杖から鎖のようなモノが伸び、倒れているおっさんたちの手足を縛った。良かった、ひとまず助かった。胸を撫でおろしたのも束の間、目の前の美人魔法使いが僕の顔を両手でガシッと掴んできた!


「──ちょまだ何か」


「じっとしてて、顔痛いでしょ」


 魔法使いは両手を僕の頬に当てて、まるで今から突然キスでもされるのではないかという、そんな雰囲気で、優しく唱えた。


「ヒール」


 瞬間、辺り一面に優しい香りが覆う。先ほどまで生きるか死ぬかという緊張状態にあったというのに、まるでゆりかごの中みたいな安心感があった。仄かに香るラベンダーは気持ちを落ち着かせ、眠気すら誘ってくる。


「──っよし! おっけー!」


 ばしん! と魔法使いは僕の頬に平手打ちした。いっ! と反射的に声が出たのだが、痛くなかった。頬の表面はジンジンとしているが、しかし鼻に怪我をしたという感覚があるものの、気にならないくらいまで回復している。


「あんた転移者でしょ? 名前は言える?」


「ええと、サツキです。山田サツキといいます」


「そ、それは良かった」


 と安心する魔法使い。……ん? 何か違和感を覚えた。単純に名前を尋ねられて答えたようなシチュエーションだったのだが、言い回しが変だからか? あ、異世界なのに意思疎通ができるからおかしいのか。


「私はカレンよ、──伏せてサツキ!」


 柔和な笑みで自己紹介をしてくれたと思ったら、僕の後ろを見て叫んだ。言われるがまま姿勢を下げる。僕の背の向こう側に、カレンは杖を向けて叫んだ。


「シューティングスター!」


 ちらっと見ると、杖の先から石礫がポンポンポン! と放出されていく。残党がいてソイツに攻撃したということなのだろう。

 残党か、誰が残っているのかを確認するために、倒れているおっさんを数える。1、2、3……って、数なんて数えていなかったんだから、照合のしようがないか……! いや、違う。数じゃない。


「黒いローブの奴がいない!」


「多分用心棒の魔法使いね、そのまま伏せて!」


 カレンは周囲を見回して警戒していた。静まる暗黒の森で風が木の葉を撫でる音しか聞こえていない。そんな中、細い紐のようなものが視界に入った。ピンと伸びたかと思うと、燃える塊がカレンの背後に飛んでくるのが見えた。


「後ろだ!」


「ありがと! ウォーターガン!」


 背後に振り返りながら、杖先から水を繰り出す。飛んでくる炎の塊を鎮火させた。その燃えカスがカレンの胸に飛び込んできた。それを受け止めてまじまじと見る。


「これ、丸太?」


 きょとんと首を傾げていたカレンの背後、つまり先ほどカレンが正面を向いていた方角から、音もなく大きな石がカレンの後頭部を直撃した。そして先ほどの山賊のおっさんと同じく、気を失って僕と同じ姿勢まで倒れこんでしまった。


「カレン!?」


「この程度か、せっかく面白くなってきたと思ったのに」


 森の奥から、若い男の声がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る