またあえたね。

 ヤモリ部長の鼻歌が聞こえる。先程まで乗り気ではなかったのに、ノリノリでダンボールについているガムテープを剥がしている。

 

 「これは去年の10月に買った『オカルト100』のグッズじゃないか。眠りから覚める鈴の音という作品で使われ風鈴だ。」

 「むむ。これは『霊界伝説』奇妙な恋人で彼氏がつけた真実のマスク。これを付けたら嘘なんてつけないんだって。」

 「こんなところにあったのか。ウェブライターが書いた『それは真実シリーズ』。#233の侍トンネルを取材したときのモノなんだよー。印象的な顔の落書きをキーホルダーにしちゃうなんて大胆だな。さらに面白い機能があって暗闇で光るから、夜道でも安心安全なんだ。」


 鼻歌。ガムテープ。解説。……鼻歌ガムテープ解説。……鼻テープ説。ああ、鼻テープっていびき対策にいいって聞くよね。彼女と同棲したときにいびきで悩ませたらよくないもんな。そろそろ買っとくべきか。まあ、俺、彼女いない歴=年齢だから関係ないんですけどね。あはは。

 

 ……。

 

 「じゃない!!!!」

 「なんだい急に大きな声を出して。びっくりしたよ。」

 「さっきから独り言ばかり。手を動かしてくださいよ。彼女ができないことを憂いてしまったでしょうが。」

 「え、なんで。ボクのせいなの?」


 大ダメージを負った。だが、自爆である。

 

 オタク知識トークが止まらないヤモリ部長に理不尽に苛立つ。うるさすぎて集中出来ないではないか。

 ショウジは理想の彼女像を浮かべながらすさまじい勢いでダンボールを開けていく。今年こそ彼女を作るんだ。隣りから顔がキモイとか聞こえた気もするが無視だ。

 

 「とっとと終わらせて早く新聞作りますよ。時間は有限であっ……て。あれ、これって……。」

 「何か知ってるものがあったのかい?どれどれ、解説させておくれ。」


 送り状がついていない小さめのダンボール。宅配で届いた訳ではなく人の手によって運ばれたことを意味する。

 他には付いているのになんでこれだけと疑問に思う。


 「これ家から運んだんですか?」

「いや、全て宅配だよ。職員室側の入口に配達して貰って、朝の早い味戸先生にこっそり部室まで運んでもらってるんだ。」


 彼は立派な共犯なのさ。と得意げに鼻を鳴らす。

 だったら尚更おかしいだろう。

 宅配するには、送り状に住所やら名前やら個人情報が書かれていなければいけない。

 何も書いていないということはつまり。

 ''誰か''の手によってこの荷物が運ばれたことになる。


「それで中身はなんだったのかね?」


 そうだ。

 何日も何ヶ月も放置されているんだ。開けてすぐ危険なものでもないだろう。

 考えるのは中身を確認してからだ。

 

「今、開けます。」


 いつも間にか隣に来ていたヤモリ部長と一緒に箱の中を覗き込む。

 ガムテープを剥がす。

 そして、蓋を開いたその時――


「ひっ。」

「わっ。」


 目玉が飛んでくる。球体に紐のような神経がついたリアルな眼球。乾燥していて赤茶色に変色しているが目玉だというのがわかる。

 リアルな人間の1部を見てしまい尻もちをつく。そして、軌道は曲線を描き、額に当たり床に落ちた。

 奇妙なことが起きている。オカルト新聞にするには絶好のチャンスなのに動けなかった。

 

 それと目が合ったのだ。

 

 ピタッピタッと生き物のように跳ねるそれは、瞳孔を開く。なにかを訴えかけるように。

 恐怖で腰が抜けて見つめるしか出来ないでいると黄色の何かが視界を遮った。


「箱の中に一緒に入ってたんだ。ショウジくん大丈夫?動けるかい?」


 俺は思い出した。目玉の上に被せられた黄色は、夢の中の少女のニット帽だ。夢では分からなかったが、まつ毛が3本の目玉の刺繍が施されているようだ。

 思わず手を伸ばした。

 

 触れた瞬間世界が真っ暗になる。そしてパチリと瞼を閉じれば視界が戻った。しかし、おかしい。


 ――俺の顔が見える。


 ヤモリ部長の心配そうな顔も部室の扉も見えるはずのないはずなのに見える。


 驚いて手を離すと、また世界が歪んだ。

 真っ暗な世界。瞬きをしても何も見えなくなってしまった。冷や汗が止まらない。


「……っはあ。……はあ。今、俺の。――何が。」

「落ち着いて。ゆっくり呼吸をするんだ。」


 背中をさすってくれる。冷えた身体に暖かい手の温もりを感じて少し落ち着きを取り戻した。

 

「俺の目、変です。後ろなんて見えないはずなのにヤモリ部長が見えました。俺の顔が見えました。」

「ニット帽が関係してるのかな。箱の中にルーズリーフが1枚入っていたよ。''思い出して''とね。何か心当たりはないかい?」

「……思いだす。」


 ――私を思い出して。


 ああ、そうか。これはあの少女のニット帽だ。

 俺は思い出した。忘れてしまった夢も。美しい少女との約束も。

 まぶたが落ちる。背中を支えられおやすみ、と言う声が聞こえた。意識が遠のいていく。




「……ショウジ。」


 何も見えない真っ暗な世界。少女の声がする。

 

「またあえたね。」

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復活の儀式がしたいので 和良見ナナ @warami_nana

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