新聞部とウィジャボード
ここは埼玉県にある神崎徳丸高校。神崎駅から歩いて10分ほどに位置する学校は文武両道を目標に掲げ、計31もの部活が盛んに活動を行っている。部活が多いこの学校では新聞部だけでも5種類ある新聞部激戦学校なのだ。久住ショウジは、久住ショウジは少女の情報を集めるため、人気がほとんどない趣味全開のオカルト新聞ばかりを作っている『シモフレ新聞部』に入部することを決めた。
部員は久住ショウジと森谷シュウゾウの二人。ショウジは月初めに出す「シモフレ新聞」を一年生ながら任されたため、夜なべして作った原稿を森谷シュウゾウ、通称ヤモリ部長に見せようと放課後の部室へとやってきたのだった。
「ヤモリ部長ー。原稿出来たんで見てください。」
「ありがとう。仕事が早くて素晴らしいね。少し待っていてくれるかな。」
そこに置いておいてと机を指さした場所に手書きの原稿を置いた。ヤモリ部長は簡素な冷たいパイプ椅子に座って何かを読んでいたようで視線を雑誌に戻した。ショウジは暇つぶしに雑談でもしようかと対面のパイプ椅子に腰を掛けた。
「何読んでるんです?」
「ふふん。気になるかい。」
ヤモリ部長はずれた黒縁メガネのブリッジを人差し指の関節で押し上げて嬉しそうに笑った。ショウジは読んでる最中に話しかけたというのに、嬉しそうなヤモリ部長がいい人なのか、変な人なのか、わからないなと感じた。オタクは説明したがりって言うしオカルトオタクも喋りたいときなんだろうと話を続けることにした。ショウジは首を縦にした。
「今月から発売を始めたオカルト誌『月刊シモフレ』を読んでいるのさ。付録が豪華でね。見てくれ、シモフレ印のアイマスク。」
ヤモリ部長は咳払いをして解説を始めた。雑誌の横にあるはこから奇妙なアイマスクを取り出す。瞳の部分には右目にシモ、左目にフレ、まつ毛が三本刺繍されていて滑稽さが際立っている。
ショウジにはそのアイマスクの良さが伝わらず首を傾げて言う。
「創刊号なのに熱心ですね。付録がそんなに欲しかったんだ。」
「いいや、付録は付録だよ。もちろんちゃんと雑誌目当てさ。」
ヤモリ部長は、手に持った奇妙なアイマスクをおかっぱ頭につける。幼い顔も相まって珍妙なマスコットのようだ。そのまま話し続ける。
「霜触ツウカって言っても分からないか。この新聞部の設立者。高校生からずっとwebライターとして記事を書いてたんだけど、今月から月刊誌を任せられることになったみたいでね。OGの本だから読め、感想を言えってしつこいんだ。」
その言う割に嬉しそうに微笑む。ショウジは頭の中で計算をする。この部は設立から六年目だと聞いている。高校生からと言うことは、つまり年齢は……。
「現在22歳ですか?すごい。」
「若いのに素晴らしい活躍だよね。」
「創刊号はどんな内容なの?」
ショウジは「シモフレ新聞」の原稿を手掛けていく上での先輩として、この部の設立者がどんな内容を書いているのか純粋に気になった。それに、もしかしたらあの夢の少女とつながるヒントになるかもしれない。どんな些細なことも気にしていきたいのだ。
「ずばり”降霊術”だね。」
とヤモリ部長は言う。
オカルトな響きのする「降霊術」という単語に高校一年生男子の少年心がくすぐられる。ショウジは身を乗り出して質問をする。
「降霊術って儀式みたいな?」
「そんなところかな。恐らくショウジくんが想像してるのよりもっと簡易的な……。学校でも出来るのがあったと思ったんだけど。少し待っておくれ。」
ヤモリ部長は自身の席の背後にある棚から何かを取り出してきた。透明なガラス扉の引き戸になっていて中を覗くことができるが、触ったら呪うよん☆、と書かれた紙が貼ってあるので棚の中に何が入っているのかは知らない。
丸められた黒いマットが広げられていく。
「これは、ウィジャボードと言ってね、日本で広く知られているこっくりさんと同じような物だよ。とりあえずやってみようか。」
そう言いながらヤモリ部長が広げた黒いマットには、金の文字でアルファベットと数字、YESとNOが書かれている。そして三角のパーツを真ん中に置いた。
「準備出来たよ。それじゃあプランシェットに人差し指を置いて。」
プランシェットが何か分からなかったが、ヤモリ先輩がすでに人差し指を置いているこれがプランシェットなのだろう。ショウジも三角のパーツに指を添えた。
「何か呪文を唱えるんですか?確かこっくりさんはこっくりさんこっくりさんおいでください。って言うんでしたよね。」
「いや、こっくりさんとは違って呪文はいらないよ。ウィジャボードはこのまま質問をしていいんだ。降霊術だというのに実に簡素で素晴らしいだろう。それじゃあ、始めるよ。」
緊張して腕がこわばるのを感じる。ショウジは唾を飲んだ。
ヤモリ部長は無言を肯定だと判断し、1つ目の質問をした。
「こんにちは。あなたは女性の幽霊ですか。」
ショウジは夢の少女の事を思い浮かべる。もし俺にとりついた幽霊ならばここに現れるのだろうか。
そんなことを考えているとプランシェットがYESの方へと動いた。
「う、うそだろ。動いてんじゃん。」
「素晴らしい。女性の幽霊か。次の質問です。ショウジくんの書いた新聞の原稿はどんな内容ですか。」
ヤモリ部長は続けて2つ目の質問をした。半信半疑の俺のための質問だろう。もしこれが当てられれば嫌でもこの降霊術が本物だと認めざるを得ないだろう。
俺の書いた新聞の内容は……。ショウジがそこまで考えると再びプランシェットが動き出した。
初めにDを囲むように動く。次にR、E、Aと同様に動き最後はMを囲った。繋げるとDREAM。夢だ。そう、ショウジは夢で出会った少女との不思議な体験を記事にしたのだ。
ヤモリ部長は原稿をまだ読んでいない。原稿の内容はもちろん、夢の話でさえ親にも言ったことがないの。知っているのは俺と、あの夢の中の少女だけであった。
誰も知らないはずなのに内容を当てたこのボードに恐怖が湧き出る。背中にじっとりとした汗が伝う。
「その様子だとあながち間違いではないようだね。夢の記事か。実体験かな。楽しみだ。じゃあ、ショウジくんも質問をしてみようか。」
動揺しているショウジとは反対にヤモリ部長は変わらずおっとりとした口調で言った。
「し、質問……。」
「なんでもいいよ。自分を好きな人はいますかとか、進学はできますかとか。ほんと何でも。」
1つ目の質問に性別は女だと答えた。2つ目の質問に誰も知りえない新聞の内容を当てた。俺の想像通りだとすれば、現れたのは、”夢の中の少女の幽霊”と言うことになる。この仮説が正しいのならば、彼女にまた話ができる。彼女の正体を”思い出す”ことができる。ショウジは期待と恐怖心を抑えるように力を込めた指先が白い色になった。
「……質問です。あの女の子は、あなたは誰ですか。」
「女の子?」
ヤモリ部長が言うのと同時にパーツが動き出す。YESとNOを交互に差し、次にアルファベットを指し始めた。Sを囲う。次はIを。そして、再びSを囲う。RSTUの方に向かおうと進めた時にパーツがグイッと下に引っ張られた。不自然な動きに驚き思わず手を離してしまう。
「ごめんね。なんか暴れてたから儀式を中断させちゃった。」
「お、俺手を放して、どうしよ。もしかして呪われちゃう?」
「ふふ。呪われたりなんてしないさ。」
「なんでそう言い切れるんですかぁ。」
喘ぐように言葉を発するショウジにヤモリ部長は指をさした。そこには、プランシェットが「GOOD BYE」、と書かれた部分に乗っかっていたのだ。おそらく、ここにプランシェットを乗せるとウィジャボードの儀式を終了したことになるのだろう。
「ショウジくんが手を離す前に儀式を終了させたからね。感謝してもいいよ。」
「はぁ。ありがとうございます?でも、途中で終了させることないじゃないですか。」
「邪魔したって言いたいの?失礼だなぁ。」
ショウジが口を尖らせて文句を言うとヤモリもメガネを押し上げて顎を突き出して性格の悪そうな笑みを浮かべる。ショウジはとっさに反論ができず言葉を詰まらした。言い訳じみた言葉しか出ないのであった。
「ぐ……。でも、ヒントになるかもしれないって思って。」
「それが、君が”シモフレ新聞部”に入部した理由なんだ。」
「ええ。ここに入れば何か分かる気がしたんです。」
”シモフレ新聞部”に入部した理由はなぜだったか。それを考えようとすると頭に靄がかかった感覚を覚える。なんでたった数か月前のことが思い出せないんだろう。
困惑するショウジをよそにヤモリが淡々とした口調で静かに言った。
「この学校は文武両道を売りにした部活動を盛んに行っている学校だよ。もちろん”オカルト研究部”や”超常現象調査部”も存在している。特に後者の方が積極的に世の中の不思議なことについて接触する機会が多い。実地調査もあるみたいだしね。どうだい、僕はこっちの方がショウジくんの目的に近いと思うんだけど、それでも新聞部を選んだのはなぜかな。君の行動と発言は一貫性がないように感じるよ。」
ヤモリ部長の顔からは感情が読み取れない。俺はなんとなく怒っているのかな、と感じた。でも、お手本のようなきれいな笑顔は崩れてはいない。この言葉にショウジは何も返せなかった。怖いと思った。それが先ほどの儀式のせいなのか、ヤモリ部長に対してなのかは分からない。額から汗が伝う。
しばらくの沈黙を破ったのはヤモリ部長だった。
「さぁ、その続きはまた後日話そうか。僕は帰りたい。」
「いや、でも。すごく大事な気がします。少女の正体に繋がるヒントかも。もう少し一緒に考えさせてください。」
「嫌だね。」
必死なショウジのお願いをぴしゃりと断った。
「今晩放送されるオカルト番組に推しのアイドル、壁井メアリが出るんだ。リアタイをしたい。もし、残るならカギをお願いね。僕は先に帰るよ。」
「ヤモリ部長は何か知っているんですか。」
「さあね。君が新聞部に向いていないことだけは確かなんじゃないかな。」
ヤモリ部長はそのまま歩き出す。窓から覗く夜の帳が怪しく影を揺らした。
一人ぼっちの教室が肌寒い。ふいに古くなった建付けの悪い窓がミシミシと鳴り、風が笛のような音をあげた。
ショウジはぶるりと震えあがる。
ヤモリ部長が何者か、何者でもないのかまだ分からないけれどそれでも。
「ホンモノの怪異よりはマシだ。そうに決まってる。」
ショウジはヤモリ部長を追いかける。
「待ってよ。やっぱ怖いって。一人にしないでください。」
泣き言を言いながら震える足で追いかけると、まだ近くにいたようでヤモリ部長は振り返った。
「ショウジくんって意外と怖がりだよね。さっきもすごいビビってたじゃない。部活、辞めたくなった?」
「辞めないよ。怖いのは、確かに苦手ではありますが目的がありますのでっ!最寄り一緒でしたよね。先輩なんだからちゃんと守ってくださいよ。」
「えーどうしようかな。僕は可愛い女の子の騎士以外はしない主義なんだ。」
「ちょっと早歩きしないで。腰が抜けて走れないんですよ。おい、意地悪キザメガネ。変なアイマスク野郎。オカルトバカ。」
「あ、アイマスク付けたままだったね。教えてくれてありがとう。」
「ヤモリ部長ー!」
そして、ヤモリ部長はそのまま走って行ってしまった。やっとのことで追いついたときには電車の扉が閉まるころだった。満面の笑みで手を振るヤモリ部長を見送って、俺は夜道におびえながら帰路につくのだった。
俺はあの少女の正体は分からなかったが彼女をSIS(シス)と呼ぶことにした。
――SIS。僕は君をきっと思い出して見せるから。
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